【1977冊目】出口治明『早く正しく決める技術』
著者はネットライフ生命の創業者で、希代の読書家としても知られる。その人の仕事術とはどんなものなのか、興味があって読んでみた。
書かれていることは常に明確。決断は「数字・ファクト・ロジック」にのみ拠るべきである、言い換えればそれ以外の要素は、少なくとも決断の段階にあっては排除せよ、と著者は言う。「それ以外の要素」とは、例えば、上司の説得。説得できそうかどうかを考慮して決断をするのではなく、まずしかるべき決断をしたうえで、上司を説得する方法を考える、ということだ。
実際問題、こんなにモノゴトがきれいに割り切れれば誰も苦労はしないような気もするが、逆に言えば著者のように日々が決断の連続だと、決断という行為自体をシステム化しないと到底やっていられないのだろう。だが、頭が下がるのは、著者が自分自身をこのシステムの「例外」にはしていないことだ。本書には、20代の社員に社長である自分が説得されるという場面が出てくるが、そこでは「数字・ファクト・ロジック」で相手が上回ったのだから説得されて当然、という言葉がさらりと出てくる。
個人的には、大筋の議論より、その枝葉にあたるであろう部分が興味深かった。例えば、ロジックの優劣は「どちらがより多くの変数をもっているか」で決まる、というくだり。これは言い換えれば、多面的に考えろ、ということだが、そう言われても人間、どうしても自分の先入観や思い入れに縛られてしまう。だが「変数の数」と言われると、自分の思考そのものを客観的に眺めることになる。このあたりは、さすがにうまい。
「岩盤まで掘り下げろ」というのも重要なポイントだ。モノゴトの本質に到達するまで、徹底的に調べ抜き、考え抜く。これができるかどうかで、決断の質はまるで変わってくるという。これは、自分自身の経験に照らしても分かるような気がする。その場しのぎや安易な前例踏襲でその場をごまかしても、たいていは後から足元をすくわれることになる。最初にキチッと本質まで掘り下げて考えておけば、後から揺らぐことはない。
ビジネス書をそれほど読んでいるわけではないのでエラそうなことは言えないが、本書は「決断論」としてはかなり秀逸な部類に入るのではないかと思う。書き方はわかりやすいが、その奥にある膨大な経験とノウハウの蓄積を感じる。この手の本には違和感を感じることも多いのだが、本書は大きな「納得感」を感じた一冊だった。