【1947冊目】チャールズ・ダーウィン『種の起源』

- 作者: チャールズダーウィン,Charles Darwin,渡辺政隆
- 出版社/メーカー: 光文社
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誰もが書名は知っているが、案外中身は知られていない(と思われる)一冊。いやいや、私は知ってますよ……って? だったら、ちょっとクイズをやってみましょう。マルバツ・クイズです。では、どうぞ。
Q1 ダーウィンは本書で「人間はサルから進化した」と言った。
Q2 ダーウィンは本書で「獲得形質(生物が生まれた後に獲得した性質)が遺伝する」と言った。
Q3 ダーウィンは本書で、優れた種が生き残り、劣った種は絶滅するという自然淘汰説を唱えた。
Q4 ダーウィンは本書を書いたとき、メンデルの遺伝研究を知らなかった。
Q5 ダーウィンは本書で、新たな種は前の種の突然変異によって生まれるのであって、両者は連続的に変化するのではないと言った。
さて、あえてこんな「クイズ」を出したのは、やはりのこと、これほど誤解され、誤読されてきた本もなかなかないためだ。特にわれわれは、すでに「進化論」を教えられ、知っている状態でこの本を手に取ることになるため、いわば出来合いの知識がある中で本書を読むことになる。だから、本書が初めて世に出た時のインパクトというものを感じることができない。
「神はそれぞれの地の獣、それぞれの家畜、それぞれの土を這うものを造られた。神はこれを見て、良しとされた」
「神は御自分にかたどって人を創造された。神にかたどって創造された。男と女に創造された」
いずれも旧約聖書『創世記』からの引用である。ダーウィンがやったのは、ひいき目にみても、この記述に真っ向からケンカを売ることだった。特に問題視されたのは、後半の最後のさいご。なにしろそこでは、「神をかたどって創られた」別格の存在であった人間が、他の生物のつながりの延長線上に位置づけられ、言わば引きずりおろされてしまったのだから。
もっともこのあたりは、キリスト教徒ならぬ私には少しイメージしづらいところである。六道輪廻とそこからの解脱を説く仏教や、自然と人間を融和させる神道的思考と、人間とそれ以外の生物に明確な「断絶」をおく西洋的思考の違いだろうか。
人間を特別視し、人間以外の生物を機械や道具のようにみなすという思考形式は、西洋文明を動かすエンジンのひとつである。ところがダーウィンが切り込んだのは、この西洋的原理の根っこであった。猛反発を受けるのも当然だ。
さらに、それゆえに本書は、その後の生物学すべての出発点になった。ダーウィンを批判することはたやすいが、無視して通ることはできない。本書は、種の変化と自然淘汰について、論じるべき点、考察すべき点のほとんどを網羅し、豊富な具体例をちりばめている。批判も補足も含め、本書の後に書かれた生物学のテキストは、本書の注解にすぎない、と言ったら言い過ぎだろうか。
私は思うのだが、本書でダーウィンが起こした革命とは、サルと人間を「地続き」にしたということも含めて、なにより平面図から立体図へと、生物に対する見方を切り替えることだった。平面図的な見方とは、要するに旧約聖書的な「神が現存する生物すべてを創造した」というものだ。そこでは、生物の発生はほぼ同時期となり、そこにあるのは形質などに基づく「分類」にすぎない。似たようなものをグルーピングすることはできるが、そこから先は「神の領域」だ。
だが、そこに種の変異と自然淘汰という発想を入れるとどうなるか。今ある分類は単なる「結果」であり、その背後に膨大な「分岐」の枝が見えてくる。いわばこれまでの見方が、大きな樹木を輪切りにして、切り口のカタチで生物学を捉えていたのに対して、本書はそこに至る幹や枝の無数の分岐を含めて、樹木そのままの形で生物学を捉えているのだ。このあたり、先日読んだ『生命の樹』や、その前の『系統樹思考の世界』につながってくる。
では、このあたりで答え合わせをしてみよう。まずQ1の「人間はサルから進化した」というのは、バツである。本書で人間に触れているのは、最後の章のそのまた最後の方。それも「やがて人間の起源とその歴史についても光が当てられることだろう」と言っているにすぎない。
ダーウィンの主張から推測するとしても「人間とサルは共通の祖先から進化した」ということにしかならない。いや、これでも不正確だ。なにしろ「進化」(evolution)という言葉が使われるのは、本書の第6版になってからなのだから。ハーバート・スペンサーが先に使っていた言葉だったのが、その頃には一般的に使われるようになったため、取り入れたのだという。ちなみに「適者生存」も第5版からで、こちらもスペンサーが先行していた。今回の「新訳文庫」は初版をベースにしているため、「進化」も「適者生存」も登場しません。
Q2「獲得形質の遺伝」は、ラマルクの説が有名だが、実はダーウィンも本書でこの点について触れている。なので、答えはマル。適当な引用箇所が見つからなかったのだが、本書の中でも何箇所かで触れられているので、お手にとって確認していただきたい。パンゲネシス、というらしい。
Q3はバツ。これこそ、自然淘汰説がもっとも誤解されているところだろう。ダーウィンが言っているのは、環境に適応した種が生き残る、というだけのことだ。しかも、環境がどのように変化するかは、誰も分からない。だから、正確に言うのであれば、たまたま変化後の環境に適応するような変異を起こしていた種が生き残る、ということになる。この点を「変化に対応せよ」みたいにビジネスマン向けの警句として用いる人もいるが、これもダーウィンの言った自然淘汰とは違う。少なくとも生物は、環境に対応した「変化」を主体的に起こすことなどできない。できるのは、環境がどんな方向に変化してもいいように、いろんな「変異」の方向性を残しておくことぐらいなのだ。自然淘汰による生存はあくまで結果論なのである。
Q4はマルである。メンデルとダーウィン、時代はかぶっているらしいが……。だが、知っていたとしても事態はあまり変わらなかったのでは、と訳者は解説で指摘している。むしろメンデルの遺伝の法則が再発見されたことで、反自然淘汰的説的な傾向が強まったというのである。それにしても、遺伝子や遺伝のメカニズムを知らなかったにもかかわらず、ここまでの考察を展開したダーウィンはスゴイ。
Q5はバツ。もっとも、この点は後からいろんな生物学者によって批判されている。ダーウィンは、種の変化はあくまで漸進的なものだと考えていた。何世代にもわたるわずかな変化の積み重ねが、新たな種を生み出すことになるというのである。ちなみにこれに反対して進化の断続性を主張したのが、あのスティーヴン・ジェイ・グールドだった。