【1886冊目】石井桃子『家と庭と犬とねこ』
いい随筆集だった。こういうおばあちゃんと、一緒にコタツにでも入って、ずっと茶飲み話をしていたい。
自分の生活からすべての言葉が発している。丁寧で、やわらかくて、ユーモアがあって、素直で、読むほどに温かく包まれている気分になる。みずみずしい童心を失わないまま、経験を重ねておとなになった女性の文章だ。
そんな中で、時々、ぴしりと叱られるようなくだりがあって、これがまたいいのである。こういう、背筋が伸びるような叱り方ができる人もまた、最近は少なくなってしまった。こんなことを言うと、私自身がなんだかおじいちゃんになってしまったようだけれど。たとえば、通勤時間の始発電車の光景。
「始発電車に乗りこむ行列は、毎朝、電車のくるまでは、かなりきちんとならんでいるけれど、しずしずと電車がフォームにはいってくるのにつれて動きだし、電車のドアが、すこしずれてとまると、どっとそっちへかたまってなだれていくのである。そして、一団になって、電車のドアにはまってしまう。ちょっとのま、もみあって、くずれ、どたどたっと、車内にころげこむ。
たいてい、力の強い人か、びんしょうな人が、ずらっと席を獲ち得て、まず一日のはじめから、得をしましたという顔で、新聞や週刊誌をひろげる」(p.30-31)
この「まず一日のはじめから、得をしましたという顔で」という表現が、さすがは石井桃子、なのである。滑稽味があって、冷やかしているようで、でもやはりそこにあるのは、みっともないことをしなさんな、という厳しいお叱りなのだ。
あと、この本(を含めた、一連の河出書房新社の石井桃子本)、ブックデザインがとてもいい。色遣い、フォントの配置や色、ところどころにはさまっている藍色の紙もオシャレ。こういうデザインをされると、ついつい読まずにはいられなくなるんですよねえ。