自治体職員の読書ノート

自治体職員です。仕事の関係上、福祉系が多めです。読書は全方位がモットー。

【1806冊目】町山智浩『映画の見方がわかる本』

映画本4冊目。

映画の見方……と言っても、映画すべてが対象ではない。取り上げられているのは、副題にあるとおり、『2001年宇宙の旅』(1968年)から『未知との遭遇』(1976年)まで(もっとも、正確には『俺たちに明日はない』の1967年から)のアメリカ映画、いわゆる「ニュー・シネマ」である。

わずか10年足らずの期間である。しかし、これこそアメリカのみならず、世界の映画史に特筆すべき10年なのだ。なにしろこの期間のアメリカで生まれた映画といえば、本書で取り上げられているだけでも『2001年宇宙の旅』『俺たちに明日はない『卒業』イージーライダー』『猿の惑星』『フレンチ・コネクション』『ダーティハリー』『時計じかけのオレンジ』『地獄の黙示録』『タクシードライバー』『ロッキー』そして『未知との遭遇』と、著者によれば、どれひとつとっても一作で映画史を塗り替えるような傑作ばかりなのである。

その背景にあるのは、それ以前のハリウッドのひどい衰退ぶりだったという。ケネディが暗殺され、ベトナム戦争がはじまり、ヒッピーが登場し、ドラッグとフリー・セックスとロックンロールの「カウンター・カルチャー」がアメリカのみならず世界中の若者を巻き込んでいたあの頃、ハリウッド映画は極端に保守的な「ヘイズ・コード」に縛られ、アカ狩りが幅を利かせ、老人たちが映画の最終的編集権を握っていた。彼らの作る「伝統芸のように古臭い映画」(p.46)は映画ファンにも見捨てられ、映画好きはフェリーニベルイマン黒沢明やフランスのヌーヴェル・ヴァーグに流れていた。

最初の突破口になったのは『俺たちに明日はない』だった。暴力も殺人もセックスもご法度だった当時のハリウッドで、ヒロインのヌードに飛び散る血しぶき、三角セックスにマシンガンでハチの巣になる主人公を映し出したこの映画は、オーナーのジャック・ワーナーが「小便六回分のクソ」と吐き捨て、権威ある批評家クロウザーが「なんたる悪趣味」と怒り狂ったにもかかわらず、全国340館で公開されて1650万ドルを稼ぎ出したのだ。

ここからニュー・シネマの快進撃がはじまった。『イージー・ライダー』ではホンモノのマリファナが吸われ、『猿の惑星』では白人の象徴チャールトン・ヘストンが、これまで白人が黒人にしてきたことを「猿」にやられる。『ダーティ・ハリー』では刑事ハリーはスコルピオの折れた脚を踏みにじりながらさらった少女の居場所を聞き出し、『地獄の黙示録』ではベトナム戦争の凄惨な情景の中に古典と神話の世界を織り込んだ。

その中でも、異彩を放っているのが、キューブリックの2本の映画『2001年宇宙の旅』と『時計じかけのオレンジ』である。私はこの2本とも観たことがあったが(しかも、どっちも大好きな映画なのに)、この2つの作品が「つながっている」ことには気付かなかった。

「「人類の夜明け」で、モノリスによって「武器」を教えられた猿人は、骨を棍棒にして人類初の「殺人」を犯し、勝利の雄叫びを上げる。そこでキューブリックは高らかに『ツァラトゥストラ』を奏でて「人類の誕生」を祝福した。人類とは暴力に快感を覚える唯一の動物なのだ」(p.126)


2001年宇宙の旅』は、そんな人類の超克が謳われた。一方、『時計じかけのオレンジ』では、人類の本性こそが徹底して暴かれる。著者はこうも書いている。

「『2001年宇宙の旅』でキューブリックは人間の残酷な本性を「乗り越えるべきもの」として描いたが、残酷さがなければ猿は人間になれなかった。残酷さもまた人間の生のエネルギーの源なのだ」(p.137)


それにしても、「映画の見方」とはどういうことなのだろうか。「映画は単にその作品のみを見て楽しめばよい」というのも、確かにひとつの見識である。しかし、映画に限らず、絵画でも音楽でも文学でも、「作品」というものはそれなりの出自をもち、文化的・歴史的な文脈をもっている。それを知っていると知らないでは、同じモノを見ていても、見えてくるものが全然違うのである。本書で取り上げられているニュー・シネマもそうだが、前衛的なもの、実験的なものほど、実は予備知識がないと理解しがたいものが多い。

本書はそのことを、アメリカのニュー・シネマを続けざまに語ることによって明らかにした一冊である。確かにこの本を読むことで、本書に載っている映画の見方は変わるだろう。しかしそれ以上に、他の映画についても、あるいは本を読む場合でも、そこに秘められた「文脈」を知ることが、その映画などの「体験」の価値を数倍に高めてくれることも、本書からは読み取れる。

とはいえ、本書には評論家にありがちな、無理やりなこじつけや過度に衒学的な「うんちく」はまったく見られない。むしろひとつひとつの説明は非常にシンプルで、かつ常識的。この「常識」のセンスが、実はこの著者は絶妙だ。そのスコープから眺めることで、「映画」とか「アメリカ」というものが、何も知らずに見ていた時とはまったく違って見えてくるのである。

2001年宇宙の旅 [DVD]
俺たちに明日はない [DVD]
卒業 [DVD]
イージー・ライダー [DVD]
猿の惑星 [DVD]
フレンチ・コネクション [DVD]
ダーティハリー [DVD]
時計じかけのオレンジ [DVD]
地獄の黙示録 [DVD]
タクシードライバー [DVD]
ロッキー [DVD]
未知との遭遇 [DVD]