【1801冊目】石田千『平日』
- 作者: 石田千
- 出版社/メーカー: 文藝春秋
- 発売日: 2012/03/09
- メディア: 文庫
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この人の本ははじめて読んだ。
「平日」というタイトルどおり、東京のあちこちを平日に歩いたり、眺めたりした文章を集めた本。紀行文のようで、どこか違う。ジャンルでいえば「エッセイ」という区切りになるのかもしれないが、風合いが違うものもまじっている。早稲田の古書店を眺める「尻ふる平日」は古書店で飼われている猫の視点だし、平和島の競艇場を描いた「島の平日」は観光ガイドふう、円山町のラブホテル街を書いた「指さきの平日」など、ちょっとした短篇小説の味わいだ。
何より文章が変わっている。決して読みにくくはないのだが、妙に想像力を刺激するところがある。見慣れた風景やモノが、この人の描写にかかると、まるで違うものに見えてくる。試みに、最初の章「反射する平日 上野」の冒頭を少し引用してみる。
「火曜日。
ホームには、眉間のせまい男ばかり。
肩にくろいかばんをぶらさげているから、背骨はすこし、かしいでいる。革靴にはりつけたゴムの足あとは、音をたてず増えていく。まだ三時というのに、終電を追う形相で、階段をかけあがってくる」
「ホームには、眉間のせまい男ばかり」というフレーズもなかなかだが、「革靴にはりつけたゴムの足あとは、音をたてず増えていく」がおもしろい。わかるようでわからない、でもなんとなく通じるものがある。一方「まだ三時というのに、終電を追う形相で、階段をかけあがってくる」は、いささか月並。こういうありがちな月並表現がなければ、もっとすごかった。
「肩にくろいかばんをぶらさげているから」という、ひらがなの使い方も注目だ。「肩に黒いカバンを」ではないのである。このちょっと後には「うえにあがったとたん、あたりぜんぶをまるまる飲みこんでしまいたい」という文もある。たぶん全体を通じて、ひらがなと漢字の按配は、かなり意識されているのだろう。独特の雰囲気がそこから生まれている。
まだこの人の本は一冊目なので、どこまでが演技で、どこからが天然なのか、ちょっとはかりがたいところがある。この文章を無理して書いているのだとしたら、長くは続かないだろう。だがこれが著者の「コトダマ」から湧きだしているのなら、つまりは「ホンモノ」なら、面白い。読むうちにクセになる、こういう文章をコンスタントに書ける人は、いるようでなかなかいない。ちょっと気になる書き手である。