自治体職員の読書ノート

自治体職員です。仕事の関係上、福祉系が多めです。読書は全方位がモットー。

【1798冊目】NHK取材班『うつ病治療 常識が変わる』

NHKスペシャル うつ病治療 常識が変わる (宝島SUGOI文庫)

NHKスペシャル うつ病治療 常識が変わる (宝島SUGOI文庫)

「障害者をめぐる20冊」20冊目。とりこぼしが多いことは百も承知だが、とりあえずこれでオーラス。

さて、本書はたいへん「背筋が寒くなる」本だ。最前線の治療法も紹介されているが、メインとなっているのは、現在「主流」の治療の実態を暴くほう。これがムチャクチャ怖いのだ。日本の精神医療のお寒い実情が嫌というほどわかる。

うつ病は「治る病気」と言われている。休養をとり、抗うつ薬を飲み続ければ大丈夫、と医師に言われ、マジメに処方された薬を飲み続ける。しかしその「抗うつ薬」に多くの問題が含まれていると、本書は指摘する。

その薬の「処方」と「服用」をめぐる状況が、なんともホラーなものばかり。初診のクリニック、しかも5分ほどの問診で、山のような薬が出てくる。5箇所の医療機関を回り、同じ訴えをしたにもかかわらず、5箇所ともまるで違う薬を処方される。双曲性障害(いわゆる「躁うつ病」)を「うつ病」と誤診され、10年以上にわたり見当違いの薬を飲み続ける。薬の副作用がうつ病の症状の悪化と「誤診」され、さらに薬を増やされる悪循環に陥る……

特に恐ろしいのが、SSRIという薬の副作用だ。この薬は、服用することで、過度の興奮や攻撃性が現れることがあるという。また、「アクチベーション・シンドローム」と呼ばれる状態に陥り、自殺願望が強くなる可能性も指摘されている。

びっくりしたのは、コロンバイン校の銃乱射事件で、加害者となった男子生徒2人のうち一人が事件直前に大量のSSRIを服用していたということ。日本でも、飛行機をハイジャックして機長を刺殺した男がSSRIを服用しており、判決でも「被告人が服用していた抗うつ剤の副作用としか考えられない」との判断が下されている。ちなみにこのSSRIは「ルボックス」「デプロメール」「パキシル」「ジェイゾロフト」「レクサプロ」という名称で、今でも処方、販売されている。

もっとも、本書は薬を全否定する本ではない。問題は「不適切な診断」と「過剰な処方」、そして「抗うつ薬への依存」である。だがそうはいっても、今や精神科や心療内科を標榜するクリニックは激増しており(そのこと自体の問題性も本書に出てくる)、シロウトにはその良し悪しを判別するのは難しい。せめて野村総一郎氏による「医師選びの注意点5カ条」を忘れないことだ。何でも、次のうち一つでも該当すれば、そこは「かかってはいけない医師」ではないかと疑問を抱いてよいらしい。

1 薬の処方や副作用について説明しない
2 いきなり3種類以上の抗うつ薬を出す
3 薬がどんどん増える
4 薬について質問すると不機嫌になる
5 薬以外の対応法を知らないようだ


ちなみに、先ほど挙げた5箇所の医療機関を回った方によると「話を聞いてくれるところは薬が少なく、診察時間が短いところは薬が多い」とのこと。あわせて参考にしたいものである。

もっとも、この「話を聞いてくれる」については、診療報酬のからみもあって、これはこれでなかなかうまくいかない(最近やや改善されたらしいが、診療時間を長くしても、診療報酬にあまり反映しない仕組みになっているらしい)。心理療法についても、有効性が指摘されながら、医師が行うには時間がかかりすぎるし、臨床心理士の活用も、いろいろ事情があってうまくいっていないところが多いようだ。

そのへんの込み入った事情を、私はこれまでほとんど知らなかった。特に抗うつ薬と精神科・心療内科の利用にこれほどのリテラシーが必要ということに衝撃を受けた。

その意味で、本書はうつ病の患者さん、そしてその周囲の人にとって必読の一冊だ。なぜ「周囲の人」かと言えば、意欲が低下したうつ病の人にとっては、クリニックを受診するだけでも大変な負担で、そこの良し悪しを判断して医療機関を変えるなどというエネルギーを要することを実行するのは容易ではないからである。

だから患者をサポートする立場の人が、医師の「目利き」にならなければならないのだ。私も行政機関の人間として保健衛生や福祉に関わってきたが、その経験からいっても、残念ながらこの世の中には「トンデモ医師」「トンデモ病院」が、びっくりするほどたくさん存在するのである。そのこと自体を知らしめるというだけで、本書にはたいへんな価値がある。