【1786冊目】宮尾登美子『藏』
- 作者: 宮尾登美子
- 出版社/メーカー: 角川書店
- 発売日: 1998/01
- メディア: 文庫
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「障害者をめぐる20冊」8冊目。
主人公は、新潟の旧家に生まれた「烈」という女の子。女の子なのに烈とはすごい名前だが、8人の子を亡くした父、意造の思いが籠っているのだ。
「名は体を現わすというすけ、思い切って強え名を考えたというわけら。
吹雪の夜に生まれたし、たとえ女の子であったたて、少々の難儀には負けねように、とのう」
だが意造も、まさかこの女の子が、これほどまでの「難儀」を背負い、しかもそれを跳ね飛ばすように強く生きるとは思わなかったに違いない。何しろ烈は、小学校入学を前に急激に視力が低下し、医者からも治療法はない、そのうち完全に失明すると言われてしまうのだ。
そんな将来を確言されてしまったショックもあってか、烈はかなりわがまま放題に育ち、学校も盲学校も行きたくないと言って、母の妹である佐穂だけに心を許して生きていく。だが幼いころのわがままさは、視力を失う過程とウラハラに、次第に強烈な自己主張と情熱に化けていくのだ。
その自己主張は、意造や佐穂らが囚われている旧弊な慣習や常識をつぎつぎに打ち破る。意造が手放すと言った酒造りを、当時は女人禁制とされていたにも関わらず、しかも目が見えないにもかかわらず自分が引き受けると言い、周囲の猛反対を押し切って結局は意造をも納得させてしまうし、恋焦がれている藏人の涼太と結婚したいと思えば、これまた意造がどのように反対しようとも、最後には願いどおり結婚にまでこぎつけてしまう。
そんなふうに、周囲が振りかざす因習や世間体といったものをどんどん吹き飛ばしていく烈が、田之内家の空気にどんどん風穴を開けていく。彼女は、目が見えないことをおそらく不便には思っているだろうが、それがために何か遠慮をしたり、身を引いたりということをいっさい行わない。また、戦前の、しかも旧家の一人娘という難しい立場にも関わらず、強い意志と行動力で次々に思いを実現していく。しかもその「思い」は、決して烈ひとりのエゴではなく、父や佐穂ら、田之内家全体がうまくいくように、との熟慮の結果なのである。
これとある意味対照的なのが、佐穂という女性だ。彼女は嫁いだ姉の手伝いのようなカタチで田之内家に入り、烈に慕われて行動を共にするが、姉が亡くなった後も、意造に思いを寄せながら、目の前で若い妻と意造が再婚し、子供ができるのを見ざるを得ないことになる(さすがに再婚の話が出た時は家を飛び出すが、これが佐穂のほとんど唯一の自己主張であった)。その後も思いをひたすらに秘めつつ、ただただ烈を支え、田之内家につくす。
そんな佐穂にも、著者は烈同様のハッピーエンドを用意する。そこに私は、烈のような現代的で自己主張の強い女性への賛歌と共に、佐穂のような昔ながらのひたすら我慢を重ねる女性への共感を、著者が抱いているのを感じた。佐穂もまた、自分の置かれた立場の中で、烈とは違った形ではあるが、懸命に生きてきた女性なのである。
酒造のことがほとんど書けなかったが、本書のタイトル『藏』とは酒をつくるための藏のこと。意造の父から意造へ、そして烈へと受け継がれたこの『藏』での酒造りこそ、本書のもうひとつの主役なのだ。そこで造られる「冬麗」の鮮烈な味を、一度味わってみたいものだ。ところでいまググってみたら、山形の地酒で「冬麗」というのがあるらしい。本書と何か関係があるんだろうか?