【1735冊目】有島武郎『カインの末裔・クララの出家』

- 作者: 有島武郎
- 出版社/メーカー: 岩波書店
- 発売日: 1980/05
- メディア: 文庫
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テーマ読書。今回は「北海道」。物語、小説系を中心に、10冊ほど。
第1冊目は、北海道への移住を扱った原点のような作品「カインの末裔」だ。本書にはもう一篇「クララの出家」も収められているが、強烈なのはやはり「カイン」のほうだ。
北海道に移住してきた仁右衛門の、暴力的で野蛮なキャラクターが圧倒的。感情の赴くままに行動し、気に入らなければすぐ暴力を振るい、金が入れば博打で遣い、妻がそれに反対すれば殴り倒して言うことをきかせる。
だが一方で、地主の松川には怒鳴り込もうと家に行ったものの、気圧されて逆に怒鳴り返されすごすご退散したり、足を折った馬を処分しようとしても、鼻先を擦り寄せられると眉間に斧を叩きこむことができずやめてしまったりするような面もある。単に悪鬼のような男というわけでもない。
むしろその正体は、大きな子供のようなものなのだろう。世間知に疎く、器用でもなければ学もない。暴力を振るえば振るうほど自分自身が追い込まれていくのはわかっていながら、それでも暴力を振るうしかない不器用さが、なんとも切ない。
そんな仁右衛門に対峙するのは、北海道の大自然だ。吹き荒れる風と雪、果てしなく広がる原野、その向こうに輝くマッカリヌプリの山頂。冬から春、そして一回りして冬に至るまでの一年間の北海道の自然の描写は、厳しくも美しい。仁右衛門のような男の野生が、そこではなんだかとてもよく似合っているように感じる。
「天も地も一つになった。颯と風が吹きおろしたと思うと、積雪は自分のほうから舞い上るように舞上った。それが横なぐりに靡いて矢よりも早く空を飛んだ。佐藤の小屋やそのまわりの木立は見えたり隠れたりした。風に向った二人の半身は忽ち白く染まって、細かい針で絶間なく刺すような刺戟は二人の顔を真赤にして感覚を失わしめた。二人は睫毛に氷りつく雪を打振い打振い雪の中をこいだ」(p.64)
小説のラスト、仁右衛門とその妻は、赤子も馬も失って、二人きりで冬の北海道の林の中に消えていく。まさに神によって追われた罪びと、「カインの末裔」のように。彫刻刀で彫りつけられたような荒々しいタッチの文章と相俟って、強烈な印象を残す作品だ。
一方の「クララの出家」は、「カイン」の荒々しさがウソのような、中世の細密画のごとき繊細な作品。16歳の少女クララの視点から、アッシジのフランチェスコを描いたもので、「カイン」に比べるとキリスト教が前面に出た一作だ。ただ、あえて言えば、こちらは新約聖書的に自己完結している。
それに比べると「カインの末裔」は、(もともとのカインとアベルのエピソードが旧約聖書からきていることもあるが)旧約聖書的な峻烈さに満ちている。まったく、同じ作家が書いたとは思えない対照的な作品を収めた一冊だった。