自治体職員の読書ノート

自治体職員です。仕事の関係上、福祉系が多めです。読書は全方位がモットー。

【1717冊目】鎌倉幸子『走れ! 移動図書館』

走れ!移動図書館: 本でよりそう復興支援 (ちくまプリマー新書)

走れ!移動図書館: 本でよりそう復興支援 (ちくまプリマー新書)

図書館本10冊目。

2011年3月11日から、この本ははじまる。

著者は、会議中に「気味の悪い大きな揺れ」を感じて机の下にもぐった。最初は首都直下地震かと思ったが、震源は東北だと叫ぶ声を聞いた。青森の両親、岩手の親戚のことが頭をよぎった。

翌日、著者が広報課長を務めるシャンティ(公益社団法人シャンティ国際ボランティア会)の面々が事務所に集まった。

「何かをやる」ことは最初から決まっていた。問題は「何をやるか」。カンボジア難民支援のため設立された国際NGOであるシャンティは、阪神・淡路大震災でも緊急救援活動を行った経験があった。仙台より北へ向かおう、ということがその日に決まった。

3月15日から現地に入り、19日には気仙沼に拠点を構えた。最初は炊き出しや物資配布が中心だった。4月4日、気仙沼図書館を訪れた。休館日の看板が出ていたが、職員が中に招き入れてくれた。著者はその頃「まだ図書館ではない」「まだ本ではない」と考えていたが、その職員はこう語った。「食べ物は食べたらなくなります。でも読んだ本の記憶は残ります。だから図書館員として本を届けていきたいのです」背筋がぞくっとした。

4月26日。事務局長から電話があった。「現状を見てきて、そして事業を提案して」。気仙沼の図書館で聞いた職員の声が頭をめぐった。これまでも、シャンティは難民キャンプの中での図書館設置・運営、図書の復興や読み聞かせなどに携わってきた。図書館は最初から念頭にあった。

5月2日、岩手県に向かった。「思いは持つが、思い込みは捨てる」と心した。岩手県立図書館で話を聞いた。山田町が、滝沢村から避難所に移動図書館を出す、と聞いたとき、「頭の中でラケットがボールを真ん中でとらえたような感覚が」あった。各地の図書館をまわった。宮古市大船渡市、陸前高田市大槌町、山田町。滝沢村の移動図書館も見た。5月7日、東京に戻り、仮設住宅団地を移動図書館で回る事業を提案した。

やることは山ほどあった。本は地元の本屋から調達したかったが、本屋自体が被災してしまっていた。事務所は遠野町に設置し、三万冊の本を置けるバックヤードを確保した。ある自治体では「どれくらいの期間で活動をお考えですか」と聞かれた。「最低二年」と言うと「それくらいなら……でもやめない覚悟を持ってください」と言われた。「(東京から来た団体が)『移動図書館です』と言って仮設住宅団地を訪れて、次回天気が悪いからやめた、というのはやめてください」と。

なぜなら、そもそも図書館とは「約束」なのだ移動図書館なら決まった日時に伺うこと。借りた本は期限内に返すこと。約束の繰り返しから安心感、信頼感が生まれるのだ。

最初は4市町村13か所を回った。二週間に一度の来訪だ。1回5冊までという貸出冊数は、予想以上の貸出量で一度は「1回3冊まで」に減らさざるを得なかった。それほど人々は本を求めていた。図書館という場所、そこで読書ができ、お茶が飲め、おしゃべりができる場所が求められていた。最初の移動図書館車は、元神戸ボランティアの人々が、軽トラックを改造してわずか一日で作ってしまった。スタッフは地元で募集した。

以上、本書の前半をほぼ時系列でダイジェストしてみたが、ここまででもかなり考えさせられること、示唆に富むポイントが埋まっている。被災地で事業を立ち上げるメソッドとプロセス、まずは現地の声に耳を傾けること、寄贈本に極力頼らず、できるだけ地元の本屋から本を購入すること……。一方後半は、移動図書館に対する人々の反応や、そこから学んだことがちりばめられており、これもまた参考になる点が多い。

借りられる本を通じて被災者の方々の心中がうかがえるところが面白い。震災後の「非日常」から「日常」を取り戻すために以前読んでいた本を読みなおす人。歴史上の大きな変動を重ねて読む人。実用書でも料理から家の建て方、子どもの名づけ方など幅広い。本を読むことで人が何を求めているか、これほどしみじみと伝わる本も珍しい。そして本のチカラを、これほど実感できる本も。そんな本を届けて回る移動図書館を走らせるとは、考えたらなんとすばらしい活動なのだろう。そこからは図書館そのもののもつ意義、あるいは「底力」のようなものが伝わってくる。

いや〜、これは良い本だった。図書館についての本としても、本についての本としても、ボランティアや被災地支援の本としても、すばらしい。オススメ。