自治体職員の読書ノート

自治体職員です。仕事の関係上、福祉系が多めです。読書は全方位がモットー。

【1710冊目】菅谷明子『未来をつくる図書館』

未来をつくる図書館―ニューヨークからの報告― (岩波新書)

未来をつくる図書館―ニューヨークからの報告― (岩波新書)

図書館本3冊目。前回の『つながる図書館』で紹介されていた本だ。

本書の「主役」は、ニューヨーク公共図書館。「4つの大学院レベルの研究図書館、85のコミュニティ密着の地域分館」からなるこの図書館の展開する徹底したサービスの紹介を通して、図書館というものの「可動域」の限界を探る一冊だ。

利用者数と貸出冊数を競う従来型の発想は、この図書館では出てこない。代わりに見られるのは、多様で充実したサービスの数々だ。

例えば、ビジネス支援に特化した科学産業ビジネス図書館「シブル」では、5万冊の図書と200種類の新聞、各種映像資料に加え、高価なデータベースに接続できる無料のコンピュータが72台、ブルームバーグの株式情報端末が3台ある。レファレンスでは「中国で帽子を製造して輸出するビジネスをしたい」というような質問にも懇切丁寧に対応してくれる。情報リテラシーの講座、専門家によるビジネス講座も頻繁に開催され、起業家同士のネットワークの場ともなっている。

こうした専門図書館がアメリカのビジネス環境を支え、未来を生みだしているのだ。同じことはアートや教育など、様々な場面で起きている。本書のタイトルどおり、まさにニューヨーク公共図書館はアメリカの「未来」をつくっているのである。

専門的な図書館だけでなく、一般の地域分館も充実している。豊富な資料提供やレファレンスの充実に加え、年間2万7千回にのぼる無料講座も開催。「引っ越したらまずは図書館へ」と言われるほど、地域のきめ細かい情報も提供している。2001年9月11日のテロ事件の際には地域で必要とされる情報をいち早く提供し、マスコミ報道では扱われない市民ニーズに沿った対応は高く評価されたという。

驚いたのは、テロ事件後にかえって図書館の利用者が急増したというデータだ。なんと利用者は事件前に比べ12%、貸出冊数は19%増えたという。東日本大震災の時の日本ではどうだったのだろうか。

こうした充実したサービスを行っているニューヨーク公共図書館であるが、なんとこの図書館、実は「市営」「公営」ではないという。日本の感覚ではちょっと信じがたいが、運営主体はNPO。市の補助も受けているとはいえ、基本的には寄付によって運営費を賄っている図書館なのだ(アメリカでもこうした図書館はめずらしいらしい)。

本書ではそんな「民営」図書館の苦しい台所事情についても詳しく紹介されている。決してバラ色の話だけではないのである。寄付を得るための涙ぐましい努力、巧妙で大胆なブランド戦略や広報戦略(なんとコミュニケーション&マーケティング部があるという)、同時多発テロ以降の財政難でスタッフ200人をリストラしたことも書かれており、このあたりは「公営」図書館では考えられないことであろう。日本なら一部の「識者」から「だから民間に図書館をやらせるなんてとんでもない」と言われそうなところだ。

だがそこはさすがにアメリカ、むしろこうした逆境を経営状態の改善やサービスの充実に結び付けていこうとするしたたかさも忘れてはいない。というより、逆境下でお金を集めるために図書館の魅力を向上させ、サービスを充実させようとしてきた結果が、現在の多様で高度なサービスにつながっているというべきか。

もちろん寄付文化や「公共」に対する意識の違いなど、日本とアメリカでは違うところがたくさんあるので、この事例がそのまま日本にあてはまるワケではない。ただ、図書館の運営は「民間だからダメ」といった理屈は、少なくともニューヨーク公共図書館を知った後では、到底口にすることはできなくなるだろう。

問題は、自治体だろうがNPOだろうが、図書館というものに対してどこまで深く理解し、志を高く持ち、そして改革と向上のための努力を惜しまず続けていけるか、なのだ。その結果がニューヨークと同じである必要はない。ただし、利用者のために図書館に何ができるか、という一点を考え抜き、実践しているという点で、学ぶ点は数限りなくあるように思われる。