自治体職員の読書ノート

自治体職員です。仕事の関係上、福祉系が多めです。読書は全方位がモットー。

【1660冊目】松家仁之編 ジュンパ・ラヒリ他『美しい子ども』

この人のセレクションなら間違いないだろう、と思って手に取った。クレストブックス生みの親である松家氏が自ら選んだベスト・コレクション。

読んだことがあったのはミランダ・ジュライ「水泳チーム 階段の男」のみ(ちなみにジュライのみ、2篇をまとめて収められている)。前から気になっていたジュンパ・ラヒリベルンハルト・シュリンクノーベル文学賞で話題になっているアリス・マンローなど、若手からベテランまで、選りすぐりの12人の作品が並んでいる。

どれも短篇小説のお手本のような作品ばかり。扱う題材のサイズ、それを扱う手つきのこまやかさ、そこに切り取られた「世界」の鮮やかさ。家族を扱った作品が多かったのも、やはり作品の「サイズ」に関係しているのだろうか。

アンソニー・ドーア「非武装地帯」
韓国で従軍しているらしい息子の手紙と、それを読む父。「あちら」と「こちら」の対比が鮮やかで、特に、息子が「あちら」の非武装地帯で見つけて助けたツルのイメージが、鮮烈に「こちら」を照らす。でも著者が描き出したかったのは、それによって照らされた「こちら」の沈滞した現実。

ジュンパ・ラヒリ「天国/地獄」
ロンドン生まれのベンガル人という著者の人生が投影された作品。アメリカに暮らすベンガル人の家族、そこに一度は入り込み、去って行った同族の男。その行く末を見守る母が最後にとった行動が衝撃的。

○ナム・リー「エリーゼに会う」
天才的なチェリストと、絶縁状態の父。父の側のせつない状況がたっぷり身に沁みたところで、もっとせつない結末が待っている。だがなんだか、妙に明るい印象が残ったのは、なぜ?

○リュドミラ・ウリツカヤ「自然現象」
感じやすい若い娘マーシャと、マーシャが敬愛する「先生」アンナ・ヴェニアミーノヴナ。アンナの作った詩に感激するマーシャに、思わぬ事実が明らかになって……。リスペクトが打ち砕かれる無残な瞬間を見事に切り取った一作。

ミランダ・ジュライ「水泳チーム 階段の男」
既読。覚えていないかと思ったら、結構覚えていた。「水泳チーム」はユーモラスな練習風景が忘れられないが、ラストはなんともうらさびしい。「階段の男」は、妙な話。拍子抜けかと思わせて、最後の二文でギョッとなる。

○クレメンス・マイヤー「老人が動物たちを葬る」
ほとんどが老人の一人語り。読むうちに、何かがじわじわやってくる。それが何なのか、実のところよくわからない。自分も老人にならないと、分からない何かなのかもしれない。

○ディミトリ・フェルフルスト「美しい子ども」
村に久しぶりに帰省した「稀に見る美女」ロージー叔母とその娘シルヴィー、トイレの扉を開けたまま排便する父のいるがさつな男一家の交錯。リアルでほろ苦い著者の自伝的小説。

○ウェルズ・タワー「ヒョウ」
支配的な継父のもとで暮らす「きみ」の一日を描く奇妙な二人称小説だが、そこに唐突にヒョウが現われる。やりきれない現実をたっぷり描きながら、ヒョウの登場でぷっつり終わるヘンな短篇。

○ネイサン・イングランダー「若い寡婦たちには男物をただで」
本書の中でもっとも忘れられないのはこの作品だ。少年エドガーとその父のシミーが出会ったテンドラー教授は、収容所のサバイバーだ。死体の山に埋まったまま助けを待っていた13歳のテンドラー。だが生家にはかつての乳母の一家が住んでおり、そこに住むことになったテンドラーの命を狙ったのは……

ベルンハルト・シュリンク「リューゲン島のヨハン・セバスティアン・バッハ
リューゲン島のバッハ・フェスティバルに行った父と子。堅物で自分のことを語りたがらない父と、そんな父に苛立つ息子のやり取りに、父と子の関係を描く。だが読み終えて思ったのは、この父子に、言葉って必要だったんだろうか、ということだった。

アリス・マンロー「女たち」
死病を患っているクロージャー若旦那と、その周囲にいる大奥さん(つまり若旦那の母)、若奥さん(若旦那の妻)、マッサージ師のロクサーヌ、そして若旦那の世話をするため雇われた「わたし」という4人の女性。いろいろやかましく、存在感たっぷりなのはその4人なのだが、しかし中心にいるのは死を待つばかりの若旦那なのだ。