【1617冊目】吉村昭『破船』

- 作者: 吉村昭
- 出版社/メーカー: 新潮社
- 発売日: 1985/03/27
- メディア: 文庫
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本書の舞台は、「海に押し落されまいとして狭い海岸にしがみついているようにみえる」17戸の家々からなる貧しい漁村だ。漁をして、塩を焼き、出稼ぎに出て、それでも食うや食わずの暮らしである。しかしこの村には、ごくまれに法外な恵みがもたらされた。
村人たちはそれを「お船様」と呼んだ。
お船様とは何か。村の沖合で難破する船のことである。難破船が出ると、村人たちは総出で積み荷を奪い、生き残った乗組員はすべて殺し、船を跡形もなく解体する。この「略奪」によって、村人たちは初めて米の飯を食べ、餓死の恐怖から(船の規模によっては数年間にわたり)解放されるのだ。
「お船様」を待望する村人たちは、そのために儀式を行い、夜の浜辺で塩を焼く。その明りに迷い船がふらふらと引き寄せられ、難破するのを狙っているのだ。村の沖合にはたくさんの岩礁があり、村人たちの小さな船はともかく、積み荷を積むような大きな船は、通過しようとすれば確実に座礁する。村人たちはそのことが分かっているからこそ、あえて夜の浜辺で塩を焼くのだ。
なんという異様な設定か。しかし村人たちの困窮ぶり、「お船様」へのすがるような期待が丁寧に描かれているので、読んでいて実にリアリティがあるのである。ヘタな作家が書けば荒唐無稽にさえならないような設定を、そういうこともあろうか、という感じにさせられてしまうところは、さすが練達の作家である。
しかも本書のラストでは、この「お船様」の風習が、実に痛烈なカタチで村人にしっぺ返しを食らわす。貧しい漁村が生きのびるためにはやむなしと思われた「お船様」が、そう読者が感じ切ったまさにその瞬間に、すさまじく過酷な運命を村にもたらすのだ。なんという痛烈で、皮肉で、残酷な終わり方であろうか。
凄い小説、というのは、こういう本のことを言うのであろう。吉村昭、おそるべし。