自治体職員の読書ノート

自治体職員です。仕事の関係上、福祉系が多めです。読書は全方位がモットー。

【1612冊目】NHK取材班『生活保護 3兆円の衝撃』

NHKスペシャル 生活保護3兆円の衝撃

NHKスペシャル 生活保護3兆円の衝撃

「この国の底が抜けた」


本書はこの一文から始まる。ギョッとする一文だ。

生活保護の受給者は、ここ数年急増の一途を辿っている。終戦直後の受給者数は約205万人。これが1995年には約88万人まで減った。それが景気後退の影響で年数万人程度ずつ増え、2008年には159万人。ところがこれが、2009年にはいきなり176万人に「激増」。その後も受給者数は増え続け、2011年11月時点で205万人を超えている(ちなみに2013年5月の概数値は約215万人)。

ひとつの転機になったとされているのは、2009年3月18日付の厚生労働省の課長通知。本書によると、この通知がきっかけとなって「働く世代」を生活保護に受け入れることが、実質的に認められたからだ。

それまでは、コトの良し悪しは別にして、稼働可能と考えられる人々は、事実上生活保護の受給対象から除外されていた。大阪市では、65歳までは、病気などの特段の理由がなければ生活保護を受けられないことが、いわば暗黙の了解とされていた。あいりん地区の労働者は、65歳を「卒業」と表現していたという。

こうした運用の流れが変わった2009年3月は、リーマンショックから半年後。多くの人々が、派遣切りによって職と住まいを同時に失っていた頃で、その前の年末には「年越し派遣村」が日比谷公園に出現していた。

このとき分かったのは、こうした大量の失業者、特に雇用保険の加入要件を満たしていない非正規社員の受け皿が、日本にはほとんど存在していないという事実だった。「働ける世代」の大量失業に、それなりに「機動的に」対応できるのは、生活保護しかなかったのである。つまり生活保護受給者の激増の背景にあるのは、日本のセーフティネットの脆弱さであったのだ。生活保護はいわばその「しわよせ」を受けたにすぎない。

ところがこの生活保護制度、「いったん受給してしまうと、そこから抜け出すインセンティブがまったくない」(p.203)(鈴木亘氏)という側面を持っているから厄介だ。制度自体に離脱を促す仕組みがない以上、あとは「人力」でなんとかするしかない。本書の半分程度を占めるのは、そうした「働けると思われるが働いていない」人々をいかに就労に結び付けていくかという、現場のケースワーカーや支援者たちの奮闘である。

とはいえ、単に働けと尻を叩くだけではうまくいかない。再就職の難しさ、雇用情勢の不安定さもまた、この国を覆っている構造的な問題である。本書を含め、雇用や福祉をめぐる本を読んでいて、共通して感じるのは、生活保護を含め、福祉と労働そのものの「行き来」のシステム自体が、今の日本は目詰まりを起こしているということだ。

せっかく省庁再編で「厚生労働省」ができたというのに、制度の壁は依然として「健在」であるようだ。もっとも、ここ数年でいろいろな取り組みが現場では行われており、その一部は本書でも紹介されている。

さて、本書のもう一本の「柱」が、生活保護をめぐる「貧困ビジネス」の闇を探る部分だ。ここでは大阪市の取り組みが多く紹介されており(もともとの番組の政策がNHK大阪局なのも関係あるのだろう)、同じ自治体職員としては非常に面白い。

不動産業者による囲い込み、病院がグルになっての医療扶助の「詐取」など、その現状はすさまじく、一部の悪徳受給者の問題というより、「ビジネス」がそこに成立してしまうほどの構造的なレベルにまでなっている。だが難しいのは、こうした「ビジネス」を排除しようとすればするほど、制度自体の運用が厳しくなり、本来必要な保護が受けられない人もでてくる可能性があることだ。まったく頭の痛くなるような状況だが、その中で毅然としていろいろな対策を打ち出している大阪市のチームには、本当に頭が下がる。

実は生活保護制度には、本書で取り上げられているほかにもいろいろな論点があり、制度のすべてがここに語られているわけではない。だが、問題への視点と切り込み方は、良い意味でNHKらしい緻密さと現場感覚、冷静さが感じられ、全体としては非常に好感がもてた。だが何より感じたのは、生活保護の問題を「生活保護」というワクの中だけで考えていてはいけない、ということ。それはまさに福祉という現場の課題であるはずだ。