【1569冊目】佐藤亜紀『醜聞の作法』
- 作者: 佐藤亜紀
- 出版社/メーカー: 講談社
- 発売日: 2010/12/21
- メディア: 単行本
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近世フランスのバブル狂騒を描いた『金の仔牛』に続けて読んだ佐藤亜紀の小説。今回は、おそらく同じくらいの時期のやはりフランスを舞台にした、なんと「ゴシップ小説」であった。
養女ジュリーを、金持ちの放蕩男のもとに無理やり嫁がせようとする侯爵。嫌がるジュリーを修道院に放り込み、言うことを聞かせようとする侯爵に対し、はかりごとをめぐらせたのがその夫人であった。その方法とは、なんとこの事件に関する「ゴシップ」をパリじゅうにまき散らすことだった……
横暴な貴族を「噂話」でやりこめる小気味よさが、単純に気持ちいい。仕掛け人は侯爵夫人だが、実際にゴシップ記事を書いた貧乏弁護士のルフォン、印刷屋のデュカン、その間に立って暗躍する匿名のD***などは全員が庶民。その庶民が、醜聞ひとつで傍若無人な侯爵をぺしゃんこにするというのだから、これはある種の「勧善懲悪小説」なのだ。
この物語がどの程度史実からネタを拾っているのかわからないが、こうしたゴシップ記事のようなものがこの時代にかなり流布していたのは確かなようだ。本書の時代設定はフランス革命直前とのことだが、こういうことが実際にあったとすれば、表向きは国王を頂点とした身分制度があっても、その内実はかなりグズグズになっていたということなのだろう。その意味で、本書はフランス革命を予告する「歴史小説」でもある。
そして、体裁としては本書は「書簡小説」だ。物語はすべて手紙か「覚え書き」、つまりそれ自体が紙の上に書かれた文字を追って進行する。その上で登場するのがこれまた「ゴシップ記事」というのだから、いわば文章の上に文章を載せた二重構造になっているワケなのだ。
イギリスのコーヒーハウスがジャーナリズムのおおもとになったとは知っていたが、フランスでもこのような「ゴシップ文化」すなわち一種のジャーナリズムが芽生えていたとは知らなかった。
しかもそこには、これは小説としてのサービスなのかもしれないが、噂話のたくみな広め方(「ここだけの話」として耳打ちしたほうが、かえって噂は広まる)や収束の仕方(単に否定するのではなく、きれいに収めるための筋書きを上乗せする)などのテクニックまで登場している。
テーマはいささか地味であり、著者一流のウィットもやや効き過ぎの感があるが、それでもけっこう楽しめる小説だった。今も昔も噂話は「炎上」がいちばん怖いこともよく分かる。ちなみに本書、ジュリーをめぐる「恋愛小説」でもあり、貧乏弁護士ルフォンの「成長小説」の気味もある。
構成はシンプルだが、実はけっこう多重的で多義的なのだ。ちなみに、個人的にはラスト近くのルフォンの変貌ぶりがよかった、かな。