自治体職員の読書ノート

自治体職員です。仕事の関係上、福祉系が多めです。読書は全方位がモットー。

【1446冊目】沼田まほかる『ユリゴコロ』

ユリゴコロ

ユリゴコロ

主人公の亮介は、実家で奇妙なノートを見つける。「ユリゴコロ」と題されたそのノートに記されていた驚愕の内容とは……。

亮介自身の日々と、ノートに綴られたすさまじい告白が交互に登場する。ノートを誰が書いたのか、そこに書かれたことをどう受け止めればいいのか苦悩する亮介の世界と、孤独な魂をかかえた殺人依存症の世界。昼間の世界と夜の世界、とでもいうべきか。そのコントラストが物語をぐいぐい進めるエンジンになっている。

同じ苦悩であり、悩みであっても、亮介の場合は比較的「健常」であるのに対して、ノートの書き手のほうは明らかに病んでいる。病んだ人間を外側から描くのではなく、告白というカタチで「内側から」描く小説は他にもあるが、本書の描写はめっぽうリアリティがある。

ちょっとしたディテールに、ああ、確かに「こういう人」はこう考えるだろうな、こういうところで悩むんだろうな、と思わせられる説得力がある。猟奇的な事件が起きるとよく「心の闇」なんて言葉がよく使われるが、本書はいわばその「心の闇」そのものをサーチライトで照らしているようなものだ。

著者はいわゆる「イヤミス」の旗手として登場した作家。本書で初めて読んだのだが、見かけよりずっと周到に作り込まれた小説だな、という印象を受けた。ラストのどんでん返しも不自然にならない程度にしっかり伏線が張られているし、ちょっとした「ひっかかり」がたくさん仕掛けられていて、最後までにはあらかた氷解するようにも計算されている。「現実」のフェーズと「ノート」のフェーズもちゃんとバランスがとれているし、両者が徐々に合わさっていくあたりも、なかなかにぞくぞくさせられる。

気になったところもないではない。なるべくネタバレにならないように気をつけて言えば、あれほど心を病んだ人があんなに簡単に子どもを可愛がったり心を入れ替えたりできるものなのだろうか、という疑念は最後まで消えなかった(もっと凄惨な虐待小説になってしまうのではないかとビクビクしながら読んでいたので、そのあたりはちょっとホッとした面もある)。その「改心」の部分が「感動作」というところなのだろうが、人間って、そんなあっさり改心したりするもんだろうか。

まあそうはいっても、イヤミスとはいえ安易な残酷趣味に走らず、きっちりと小説としてのクオリティを保ち、なおかつギリギリのところで読み手に不快感を与え過ぎない(もちろん個人差はあるところだろうが)、この手綱さばきはなかなかのものと感じる。

もっと若い方の作品という印象だったが、なんとこの人、50代で小説化デビューをしたとのこと(加えて言えば、なんと僧侶の資格をお持ちだとか)。それにしては描写も会話もこなれており、思いつきでは決して書けない作品になっている。今後が楽しみな作家さんだ。「イヤミス」にもいろいろあるが、イヤミスを超えたイヤミスの境地を開かれるよう、切に期待したい。