自治体職員の読書ノート

自治体職員です。仕事の関係上、福祉系が多めです。読書は全方位がモットー。

【1381冊目】マーカス・デュ・ソートイ『シンメトリーの地図帳』

シンメトリーの地図帳 (新潮クレスト・ブックス)

シンメトリーの地図帳 (新潮クレスト・ブックス)

この間読んだ『素数の音楽』があまりにすばらしかったので、続いて読んでみた。

今回の「主役」は、表題にもあるシンメトリー、つまり対称性だ。実はこれ、著者の専門分野である群論に密接な関係がある(というより、群論こそシンメトリーの別の姿である)。そのためか、前著『素数の音楽』がやや引いた立場から客観的・俯瞰的に数学者たちの奮闘を描写していたのに対し、本書はむしろ著者自身が「主人公」となって、数学史のドラマに分けいっていくという仕立てになっている。

息子トーマーとめぐったアルハンブラ宮殿での「対称性のある模様さがし」、さまざまな数学者たち(つまりは、奇人変人たち)とのユーモラスな交流、さらに日本への旅(沖縄で研究集会に出席したのだ)もあってびっくり。特に日本については、歌舞伎と数学の類似性などという思いもつかない着想まで披露されていて、う〜ん、そういうふうに物事をみるのか、と驚かされた。

ちなみにこの手の本を読んでいると、日本人の数学者がけっこうゴロゴロ出てくるので、ちょっとうれしくなる。そういえば『フェルマーの最終定理』でも、二人の日本人が立てた谷山=志村予想が重要な役割を果たしていた。そのわりに、彼らが当の日本人(私も含めて)にほとんど知られていないのはどうしたことか。

それはともかく、本書のキモはやはり「シンメトリー」をめぐるドラマの数々だ。一見わかりやすそうな対称性という概念が、数学のコトバを使うことでどんどん変容していくので、ところどころ大幅に置いて行かれそうになったが(群論は正直よくわからなかった)、それでも著者を含む名うての数学者たちが、あらゆるシンメトリーの要素を網羅しようとしていることは理解できた。とはいえその作業の果てに現われた究極のシンメトリーが「モンスター」と呼ばれる「19万6883次元に飛ばないかぎりその姿が見えない」(p.449)存在だと言われると、私の文系脳ではさすがにお手上げだ。

ところがなんと、本書が真に面白いのは「ここから」なのだ。一見シンメトリーとは何の関係もない「モジュラー関数」(そういえばコレ、フェルマーの最終定理にも登場した)を作る際には、次の数列を使うという。

1,744,196884,21493760,864299970……

そしてこの「モンスター」の存在する196883次元は、数列の三つ目にある196884から1を引いた数なのだ。さらにこの発見には続きがある。モンスターが姿を現すとされている二つ目の次元は21296876なのだが、これに196883と1を足すと21493760になるのだ。その次は842609326で、これは
1+1+196883+21296876+842609326=864299970
で、やはりこの数列に対応している。

繰り返しになるが、モジュラー関数の数列と「モンスター」の次元数は、それまでまったく無関係と思われていた分野なのだ。その二つが偶然とは思えない絶妙の対応関係をなしているということは……? 正直、このくだりを読んでいて、数学関係の本ではおそらく生涯初めて、背筋が震えるのを感じた。数学って、なんとエレガントで、なんとカッコいいのだろうか。

ところで本書には、アルハンブラ宮殿の模様からエッシャーの図形、雪の結晶など、シンメトリーに関する日常的な話題も盛り込まれている。中でも興味を惹かれたのは、ヴァイオリンの音をめぐる話。ストラディバリウスなど「名器」と呼ばれるヴァイオリンは、安いヴァイオリンに比べてシンメトリーの強い音を発するのだという。

ということは、われわれは音の良し悪しを、その波形がより「対称的」かどうかによって聴き分けている、ということか。これはなかなか「聞き捨てならない」話ではなかろうか。

最後に、ちょっとサービス。日本に行く途中の飛行機で、著者は隣に座った口うるさい客を黙らせようと、こんな問題を出したという。

13,1113,3113,132113,1113122113,……

この次に来る数字は何だか、分かりますか。ちなみに私は全然分かりませんでした。答えは本書のどこかにありますので……。

素数の音楽 (新潮クレスト・ブックス) フェルマーの最終定理 (新潮文庫)