【1378・1379冊目】『百年文庫23 鍵』『百年文庫24 川』
- 作者: H・G・ウェルズ,シュニッツラー,ホーフマンスタール
- 出版社/メーカー: ポプラ社
- 発売日: 2010/10/13
- メディア: 単行本(ソフトカバー)
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- 作者: 織田作之助,日影丈吉,室生犀星
- 出版社/メーカー: ポプラ社
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「鍵」は外国の作家3人。
ウェルズの「塀についたドア」は隠喩に満ちた一篇。世間的な成功を手に入れたウォーレスの悔恨は、私にとっても(成功しているとは言えないが)思い当たるフシがある。誰しもウォーレスの「扉の向こうの秘密の園」のような、自分だけのファンタジーをもっているのではないか。
シュニッツラーは大好きな作家。特に「盲目のジェロニモとその兄」はこれまで読んだ短篇の中ではマイ・ベストである。本書に収録された「わかれ」も名編だが、今読むと心理描写が緻密なのに驚く。解説を読むとフロイトと親交があったらしい。なるほど。
ホーフマンスタールはリヒャルト・シュトラウスと組んで「ばらの騎士」などの歌劇を世に送り出した人でもあるが、この「第六七二夜の物語」は、なんだかあまり物語が自分の中に入ってこなかった。いろんなイメージが氾濫しているが、ひとつの筋として見えてこない、というか。ちょっと残念。
一方の「川」は日本の作家3人を取り上げている。川という存在の多様性、多義性が奥に隠れた一冊だ。
織田作之助「蛍」は、幕末の伏見の船宿、寺田屋に嫁いだ登勢の苦労と健気を描く。何も知らない娘だった登勢が次第にしっかりものの嫁になり、さらには寺田屋に集まる維新志士たちの世話にのめり込む。幕末ファンなら寺田屋といえば「寺田屋事件」だとすぐ気付くだろうが、私は坂本竜馬が出てきてはじめて「あっ」と思った。ここでは川はほとんど背景に退き、物語に興趣を添えている。
日影丈吉「吉備津の釜」は、外界と切り離された異界としての川である。隅田川をさかのぼる水上バスと、江戸川をめぐる祈祷師の話がミステリアスに重なり合う一篇。ところで「吉備津の釜」って、雨月物語にもあったような……。
室生犀星「津の国人」は、平安時代を舞台に「夫を待つ妻」を描く。ここでは川は、二人を引き離す舞台装置として扱われ、左右に別れていく夫婦の姿が全編にかぶさっている。便りのない夫を待ち続ける美しい妻、筒井の造形もすばらしいが、ラストの和歌のやりとりが絶妙で味わい深い。