【1365冊目】マーカス・デュ・ソートイ『素数の音楽』
- 作者: マーカス・デュ・ソートイ,冨永星
- 出版社/メーカー: 新潮社
- 発売日: 2005/08/30
- メディア: 単行本
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数学が音楽と同じように美しいだなんて、高校生の頃に言われたとしてもゼッタイ信じられなかっただろう。しかしこの本を読むと、数学とはまさに「美」そのものであることがよくわかる。
そもそもヨーロッパでは、古代ギリシア以来というもの、数学と音楽は同じように「世界の秩序を表現する」存在だった。とくに数学は世界の摂理そのものであって、それが美しくないとすれば、それは世界そのものが美しくない、ということにさえなりかねないのだ。
ところがここに、実に厄介な存在がある。それが本書の「主役」を張っている「素数」である。なにしろこの素数というもの、その配列(1,3,5,7,11,13,17,19……)にはほとんど何の法則性も見出せず、ただただ気まぐれに並んでいるようにしか見えないのだ。
本書はそんな素数の気まぐれさの奥に秩序と法則を発見しようと奮闘する、名だたる数学者たちの挑戦を追った一冊だ。とはいえ、世界最高の頭脳の持ち主たちが何百年にもわたって頭を絞り抜いた問題である。私ごとき「文系脳」の持ち主がカンタンに理解できるわけがないし、実際、いまもって理解できていない部分のほうが多いと思う。
しかし、本書の面白さはそんなところにはない。むしろ読むべきは、ガウス、オイラー、リーマン、ヒルベルト、ハーディとリトルウッド、セルバーグ、エルデシュ、チューリングといった、綺羅星のごとき大数学者たちが「挑戦のリレー」を繰り返しつつ、ひたすら素数の謎に向かう姿そのものなのだ。まったく、数学者たちがこんなにエレガントで、こんなにシュールで、こんなにカッコイイなんて初めて知った。
中でも核になっているのは、リーマンが素数の法則性を仮説した「リーマン予想」だ。この予想こそ、その後の数学者たちを呪縛し、頭を悩ませ続けた難問であった。なにしろリーマン予想が証明されれば、その先にとてつもない進歩が期待できるのみならず、一見不規則なノイズに見える素数の配列が、天上の音楽を奏でるのを聴くことができる(はず)なのである。
登場する数学者の中では、特に強烈なインパクトがあったのが、インドの天才数学者ラマヌジャン。なんとマドラス港湾局の事務員にすぎなかったこの男、ヨーロッパで何人もの数学者が「知のリレー」を繰り返しつつたどりついた最先端の研究成果を、なんと最初から最後まで独力で駆け抜けてしまったという。とにかくけた外れの天才ぶりなのだ。
しかも本人はそれを「女神ナマギリが告げた」ものと考え、定理を示しても証明すらしなかった。ただただあふれんばかりの数学的インスピレーションにしたがって発見を繰り返し、33年の短い人生を駆け抜けたのだ。う〜ん、凄すぎる。
リーマン予想はいまだに解かれていない。今や数学者だけではなく、物理学、特に量子物理学の世界からも参戦が続いている。今の世の中で、これほどの前人未到の領域があるなんて、なんだかワクワクしてしまう。最先端の数学理論の理解なんてできなくても、その世界がいかにエキサイティングであるかは、本書から十分に伝わってくる。
この本に書かれているのは、誰も登ったことのない山に登ろうとする人々の物語であり、誰も弾きこなせたことのない曲を演奏しようとするアーティストの挑戦なのだ。数学について理解できなくても、少なくとも数学を見る目は、本書を読めば確実に変わる。保証する。