【1253冊目】中川恵一『がんの正体』
- 作者: 中川恵一
- 出版社/メーカー: PHP研究所
- 発売日: 2010/01/21
- メディア: 単行本(ソフトカバー)
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日本人の2人に1人はがんになり、3人に1人はがんで死ぬ。
したがって「死について考える」とは「がんについて考える」とほぼ同義である……はずだ。ところが多くの人は、がんについてほとんど知らない、と著者は言う。その背後にあるのは、「死」を遠ざけ、忌み嫌う風潮だ。
人間の死亡率は100%。にもかかわらず、われわれはどこか「死なない感覚」を持っていないか。それが緩和ケアを遠ざけ、「何がなんでも完治させる」という姿勢をもたらしてはいないか。そう問いかける著者のコトバは、重い。
そういえば、こうした姿勢は、災害への意識にも通じているかもしれない。何がなんでも防災、という意識に凝り固まるあまり、地震や津波の発生を前提として被害を和らげる「減災」を軽視し、結果として被害を拡大させる。かなりの可能性で「いつかは起きる」にもかかわらず、そのことを直視しない姿勢もどこか相通ずるものがある。
災害については、今回の大震災でかなり意識が変わったと思うが、さて「がん」についてはどうだろうか。
のっけからずいぶん重ったるいことを書いてしまったが、お許しを。本書自体は「がん」についての基礎的な知識をとてもわかりやすく伝えてくれるたいへんありがたい一冊だ。テーマごとに短いページでコンパクトに要点を伝えてくれるため、「がん」の発見から治療までの全容が短い時間で一望できる。
さらに、本書を最低限の基本線として押さえておけば、ネット上のトンデモ情報にひっかかる確率をかなり減らすことができるだろう。例えば本書は、がんの治療法として効果が明確に認められているのは「手術」「放射線治療」「化学療法」の3つしかない、と言い切っている。それだけでも、根拠不明のアヤシゲな民間療法に関する情報をシャットダウンできるだろう(ただし、いわゆる代替療法でも心を癒す効果はある、とも書いている)。がんの治療は情報戦。膨大な情報の中からピンポイントで必要なものをピックアップするには、不要な情報をいかに遮断するかが決定的に重要なのである。
もちろん、本書それ自体も、非常に役に立つ情報の宝庫になっている。「がんの早期発見のチャンスは1〜2年」(だから毎年検診を受ける必要がある)「最初の診断が外科医なら、セカンドオピニオンは放射線医か腫瘍内科医」「がんの治療は『敗者復活戦なしの一発勝負』」など、知っているのと知らないのでは大違いだろう。
一方「転移したがんを治療するのは窓の外に出た鳥を捕まえるようなもの」(まず完治は期待できない)「自力のがん対策ではリスクを半分程度にするのが精一杯」(タバコも酒もやらなくても、なる人はなる)など、たいへんシビアなこともしっかり書いてあり、やたらに期待をもたせるようなことはない。膵臓がんなど、早期発見が難しく、見つかった時には転移が進んでいるため、罹患数と死亡数がほぼ同じであるという。やはり甘い病気ではないのである。
正直言うと、読む前は私自身「自分ががんになる」可能性をマジメに考えたことはなかったかもしれない。しかし、本書を読んだおかげで、少なくとも「がんになる自分」を想定する心の準備はできたような気はする。もちろん実際に告知を受ければ相当なショックだろうが、そのことも含めて、ある種のワクチンを打っていただいた気分だ。
もう一度言う。がんになるのは2人に1人。がんで死ぬのは3人に1人。他人事でいられる人は、誰一人いないのだ。メメント・モリ。