【1163冊目】『百年文庫4 秋』

- 作者: 志賀直哉,正岡容,里見弴
- 出版社/メーカー: ポプラ社
- 発売日: 2010/10/13
- メディア: 単行本(ソフトカバー)
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台風一過、特に朝晩の空気に、秋を感じることが多くなってきた。そんな季節に合わせたわけじゃないんだが、選んだのは、文字通り秋風が吹き抜けるような、「百年文庫」のこの一冊。収められているのは、志賀直哉「流行感冒」、正岡容「置土産」、里見紝「秋日和」である。
○志賀直哉「流行感冒」
「最初の児が死んだので、私達には妙に臆病が浸込んだ」と始まる。この書き出しが、実は達人のワザなのだ。読み手を惹きつけるというだけでなく、小説全体にこの一節が残響していることに、読み終わってからふと気付く。子供への心配、女中への意固地な感情。夫であって父親である「私」の感情を、なんと繊細に、的確に捉えていることか。今さら志賀直哉にびっくりしていてはいかんのだが、それにしても、さすがに、うまい。
○正岡容「置手紙」
解説によると、たいそう寄席を愛した作家であったらしいが、この一篇も若い講釈師とその師匠の関係が軸になっている。弟子入りしてもなかなか稽古をつけてもらえないのはこの世界の習いであるが、この師弟もその例に漏れない。それどころかこの弟子ときたら、ずぼらな師匠の尻拭いばかりしているのだが、ただのダメ師匠かと思わせておいて、最後にようやくつけてもらえた稽古が、物凄い。じんと余韻が残る、日本の「芸」の奥深さよ。
○里見紝「秋日和」
小津安二郎の映画で有名な作品だが、これがその原作。映画よりだいぶすっきりしているが、一人称で語り手を切り替えながら進んでいくため、映画では暗示されるだけだった登場人物の内面がダイレクトに描かれている。そのあたりを比較してみると面白そうだ。それにしても、独身の男女とみるとやたらに縁組をさせたがるオヤジが、かつてはたくさんいたんだなあ、と感慨深い。