【1081〜1083冊目】姜尚中『姜尚中の政治学入門』『ナショナリズム』『在日』
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政治学を論じ、ナショナリズムを論じる本。そう言ってもウソではないが、一般論としての政治学やナショナリズムが論じられていると予断すると、裏切られる。もちろん一般的な政治学やナショナリズムについても触れられているが、中心となっているのは、あくまで近現代の日本における政治学であり、ナショナリズムなのだ。
『政治学入門』では、それがトピックの選び方にもあらわれている。「7つのキーワード」として挙げられ、各章の目次にもなっているのは、第1章から順に「アメリカ」「暴力」「主権」「憲法」「戦後民主主義」「歴史認識」「東北アジア」なのだ。これだけで、本書の内容がほぼ完全に日本プロパーであることが読み取れる。
しかも項目立てが面白い。「歴史認識」「北東アジア」なんて、一見政治学にはなんの関係もないようなタームである。しかし読んでいくと、無関係どころではない、まさにその点こそが日本の政治の重要なポイントであることが分かってくる。日本の、特に戦後の政治は、近代(とりわけ戦争)に対する歴史認識をめぐる一種の闘争でもあったのだし、その未来を規定する大きな要素のひとつが中国や韓国、北朝鮮などの「北東アジア」なのだから。そういえば、この本は第1章が「アメリカ」で、終章が「北東アジア」である。その並び自体にもイミシンなものを感じる。
『ナショナリズム』もまた、日本独自のナショナリズムの系譜をたどるものだ。特に「国体」なるものの正体さがしに正面から取り組んでいる。「国体」なんて戦中のウルトラ・ナショナリズムの遺物かと思いきや、実はきわめて現代的な形で復活しつつある現在進行形の存在であることが示されている。とりわけグローバリズムの進展が、新しい形での「国体」の登場(再起)を促しているという指摘は、ぞっとするほど鋭い。
それにしても、この姜尚中の思考の深さと鋭さは、一体どこからきているのだろうか。そのあたりを見極めるひとつのヒントが、3冊目の『在日』だ。これは姜尚中自身が日本名の「永野鉄男」を捨てて「姜尚中」を名乗り、在日二世としての「引き裂かれた人生」を振り返る自伝なのだが、同時に著者の思考の軌跡や来歴がうかがえるものとなっている。
「日本や日本国籍などにまつわる自明なものへの素朴なもたれかかり」を許されない身であるからこそ、著者はアウトサイダー、あるいはアマチュアの視点から、日本の現状を的確に見据えることができた。その成果が今回読んだ他の2冊を含め、姜尚中の著作に見られる、怜悧でありながらエキサイティングな思考の展開なのではなかろうか。
そしてもう一つ、著者は『政治学入門』にしても『ナショナリズム』にしても、一般的な意味でのそれらを書くことより、姜尚中自身にとっての政治学やナショナリズムを書くことに徹しているように感じた。象牙の塔にこもることなく、その知を現実の社会に適用し、そのことによって現実に対する新たな「見え方」を提示する。どうやらそのような「戦い方」が、著者のファイティングスタイルであるらしい。
『政治学入門』のあとがきで、著者は学問を「干物」に、現実を「生もの」に例え、「干物」の味をしっかりかみしめているからこそ、「生もの」に対する第6感がはたらくのだ、と述べている。しかしそうした感性を保ち続けるためには、常に「干物の世界」と「生ものの世界」を行き来するタフな知性が必要になる。著者はそんな知的なタフネスを保ち続けている、現代ではたぐいまれな人物のひとりであるように思われる。