【1029冊目】イアン・マキューアン『贖罪』
- 作者: イアンマキューアン,小山太一
- 出版社/メーカー: 新潮社
- 発売日: 2008/02/28
- メディア: 文庫
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ぼちぼち、元の読書ノートに戻ろうかと思う。
とはいえ、大地震を境に、戻るべき「日常」の位相が大きく変わってしまったのは何度も書いたとおり。問題は、新しい「日常」の世界がどんなところなのか、一歩ずつ探っていくことであろう。本という存在が、そのためのサーチライトとなってくれるかどうか。それも含めて、ちょっとずつ試していきたい。まずは、地震前に読んでいたこの本から。悲劇を受け止めるために別の悲劇がはたして有効なのか、ちょっと自信はないのだけど。
さて、本書は「読んでよかった一冊」。濃厚ではないが光の粒が詰まったような文体、やりすぎなくらい精密な描写、ゆるやかな河の流れのような展開。読み始めた時は古典小説のようなスタイルにちょっと戸惑ったが、読むスピードと小説のテンポが同期してくると、これがかえって止まらなくなる。
そして、その中で流れている物語がまた素晴らしい。ぱっと思いつく限りでも、たぶん『嵐が丘』『エデンの東』『風と共に去りぬ』あたりに匹敵するクオリティ。特に第一部の後半、この小説の軸となる「事件」が起きるあたり、それまでに張り巡らされた何本もの伏線が一気に収斂し、思いもかけない残酷な結末に至るくだりの吸引力は圧倒的。正直、前半は少々かったるい印象だったが、この後半のためだったのか、と深く納得。読むのをやめられなくなるという経験を久しぶりに味わった。
第二部は一転して戦争中の従軍シーン、大団円となる第三部は傷を負った兵士たちを受け入れる病院が舞台。そう、この小説の舞台は第二次世界大戦中のイギリスなのだ。戦争のリアルな描写が縦糸なら、第一部の終わりで起きた「事件」をめぐる「愛」と「罪」が横糸だ。すさまじい戦争の実態を描きながら、小説の焦点はあくまで第二部ではロビー、第三部ではブライオニーの心の中にあたっている。取り返しのつかない過去を背負って、あるいは人に背負わせて、人はどう生きていくのか。その重い問いかけが、小説全体にずしりとのしかかる。
そしてエピローグ、突然舞台は一九九九年に移動して、この小説を取り巻くもうひとつ外側の構造が明らかになる。ラストでブライオニーの劇が披露され、小説の冒頭と結末がみごとにつながるのだが、しかしその感慨もまた、その後で明らかにされる衝撃の事実でみごとにひっくり返される・・・・・・。う〜ん、まいりました。こりゃすごい。
ということで、これは傑作。第三部でもしこの小説が終わっていたら、これは二〇世紀を代表する名作として語り継がれていく作品になっていただろう。しかしこのエピローグがあることで、『贖罪』は二一世紀を代表する名作になりえたように思う。