自治体職員の読書ノート

自治体職員です。仕事の関係上、福祉系が多めです。読書は全方位がモットー。

【1024冊目】樋渡啓祐『首長パンチ』

首長パンチ--最年少市長GABBA奮戦記

首長パンチ--最年少市長GABBA奮戦記

職読。なお「首長」は「シュチョウ」でも「クビナガ」でもなく「クビチョウ」と読むのだが、要するに自治体の長のこと。本書は佐賀県武雄市という自治体の「クビチョウ」、樋渡啓祐氏による半生記。

半生記といってまだ40歳くらいなのだが、そのライフストーリーはまさに波乱万丈。市長になるまでの中央官庁での日々も面白いが、やはりすさまじいのが市長になってからの毎日だ。なにしろこの人、市長といってもフツーの市長ではない。ドラマ「佐賀のがばいばあちゃん」のロケ誘致やおばあちゃんボーカルグループ「GABBA」プロデュース、レモングラスの名産品化、ツイッターや最近はフェイスブックによる情報発信など、まあとにかく独自施策のオンパレード。その詳細は以前読んだ『「力強い」地方づくりのための、あえて「力弱い」戦略論』にくわしいが、その自由な発想と失敗を恐れない姿勢に、私はすっかりファンになってしまった。

もっともこうした独自の取り組みについては、本書では軽く触れられているだけだ。本書の目玉は、赤字経営の続く市民病院の立て直しをめぐる医師会との壮絶なバトル。なにしろ、病院をめぐる議論はリコール騒動、果ては市長の辞職・再選挙にまで至り、市を文字通りまっぷたつに割る騒ぎになってしまうのだ。

読んでいるとどうやらこの人、根回しとか腹芸とか寝技とか、そういう「したたかな」部分がバッサリと欠けているようだ。いろいろ思いはめぐらすものの、基本的なところで性善説に立っている。そのため、本書の中でもいろんな人に指摘されているが、人の言葉の裏が読めず、真正直に突っ走って落とし穴に落ちる。市民病院をめぐる混乱にも、市長のそういうところがモロに出てしまっている。

でも、それはそれで良いのだと思う。むしろ今までの政治や行政が、あまりにもそういった裏の部分、有力者といわれる人たちの間での「あうんの呼吸」みたいなところで決まりすぎていたのである。樋渡市長は確かにお人好しかもしれない。しかし、市民のことをこれほど必死に考え、行動する首長さんがほかにどれほどいることか。この人のことを独裁者呼ばわりする人も多いらしいが、いやいや、それを言うなら為政者とは本質的に独裁者であるはずではなかったか。「みんな」を党名にした某政党を挙げるまでもなく、「みんなで決める」などという甘いおためごかしを言う人間ほど、政治家として信頼できないヤツはいない。

そういう「したたかな」首長より、私はこの直情径行で猪突猛進の武雄市長を買いたい。幕末の維新志士とはこういう人だったのではないか……と言ったら、褒めすぎだろうか。