自治体職員の読書ノート

自治体職員です。仕事の関係上、福祉系が多めです。読書は全方位がモットー。

【904冊目】岩岡中正・伊藤洋典編『「地域公共圏」の政治学』

「地域公共圏」の政治学

「地域公共圏」の政治学

かなり抽象度の高い「公共空間論」から現場目線の報告まで、非常に幅の広い「地域公共圏論集」。いきなり「神話の回復と新しい知」というこの種の本には珍しい章タイトルから始まるのでびっくりするが、内容は石牟礼道子新作能「不知火」を取り上げつつ、「水俣」を通して地域のありようを探るというものでまたびっくり。

石牟礼氏は「苦海浄土」など水俣病関連で有名だが、実は詩人であり、歌人であり、作家でもある。そして、水俣という実例を徹底的に深く掘り下げ、自然と文明をめぐる思想の深淵にたどりついた思想家でもあるという。彼女の目線が捉える「地域」は、当然ながら、政治や行政の目線とはまったく異なるものである。地域の行政に携わる者として、その思想の重さと深さを看過することは許されないだろう。ちなみに本書には石牟礼道子との対談も収められていて、とても面白い。

他にも本書には2つの対談が含まれている。大分県湯河原町まちづくりを牽引する中谷健太郎氏と、元大分県知事で「一村一品運動」を立ち上げた平松守彦氏だ。平松氏の話も非常に良かったが、それ以上に驚かされたのが中谷氏。湯布院町でのまちづくりの経験をしっかりと踏まえつつ、話がいくらでも広がり、深まっていく。現場の「虫の目」と、世の中を俯瞰する「鳥の目」を兼ね備え、両方を自在に往還してみせる。いやはや、これはすごい傑物だ。脱帽。

理論面でもいろいろ得るものがあったが、個人的に面白かったのが第3部第4章の「地域自立論の実際」。これは、国と地方の関係を「包括的」(国が地方を包括する。国優位)・「補完的」(地方ができないことを国がやる。地方優位)に分けるところまではよくある話だが、さらにそこに「フォーマル」「インフォーマル」の軸を加えてみせたのがユニークだ。これは要するに「ホンネ」と「タテマエ」のことであり、制度上の「タテマエ」に加えて、非制度的な「ホンネ」の部分に着目することで、シンプルな構造の中で、単なる制度論にとどまらない奥行きのある議論を展開することができている。

ちなみに日本の地方自治制度は、かつては、フォーマル・インフォーマルいずれも包括的であった(機関委任事務のような仕組みが堂々と存在していた)。ところが、機関委任事務の廃止によって「フォーマル」が「補完的」に変わったところから、かえって話がややこしくなった。実は「インフォーマル」では、財政面の問題、法律に基づく事務の乱発など、依然として包括的な国・地方関係が続いているのである。しかし、それが表面上は「自治事務」とされたことで見えづらくなり、表向きは自治体の事務だが、裏からみると法律と補助金でがんじがらめ、というケースがどんどん出てきている。さて、どうするか、ということなのだが、これが一筋縄ではいかないのである。そうした問題点を考える際に、この「フォーマル・インフォーマル」の考え方は、なかなか有効ではないだろうか。