【884冊目】ジョン・スタインベック『エデンの東』
- 作者: ジョンスタインベック,John Steinbeck,土屋政雄
- 出版社/メーカー: 早川書房
- 発売日: 2005/04/21
- メディア: ハードカバー
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- 作者: ジョンスタインベック,John Steinbeck,土屋政雄
- 出版社/メーカー: 早川書房
- 発売日: 2005/04/21
- メディア: 単行本
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19世紀末から20世紀にかけてのアメリカ、サリーナス盆地を舞台に、トラスク家とハミルトン家の人々の物語を綴る。
中でも、トラスク家の兄弟、アダムとチャールズの関係と、アダムの双子の息子、アロンとキャルの関係が全体の基本フレームになっている。この両者は実は二重写しになっていて、その下敷きとなっているのが、旧約聖書のカインとアベルの物語。ご存知だろうか。「人類最初の兄弟」カインとアベルは神に捧げものをするが、アベルの供物は目に留まり、カインの供物は無視される。嫉妬にかられたカインは弟アベルを殺害するが、神に露見し、楽園エデンの東に追放される(本書のタイトルはここからきている)。また、カインが人々によって殺されないように、神はカインの額に刻印を施す……。
この短い物語に濃縮された親子と兄弟の愛憎が、本書では小説的ビッグバンを起こし、人間賛歌の物語に変じている。そこに書かれているのは、人間の宿命と自由、愛と憎しみ、善と悪、勇気と臆病など、まさしく「ありとあらゆる人間ドラマの素」。それをスタインベックは、自身の故郷であるサリーナス盆地の上に鮮やかに展開してみせた。
そしてそれが、まあ世界文学全集がこんなに面白くてよいかしら、と心配になるほど、むちゃくちゃに面白いのだ。いやはや、スタインベックがこれほどのストーリーテラーだとは知らなかった。次から次へと物語が展開し、ページを閉じる暇がない。ハードカバーで上下2冊(文庫本だと4冊!)、あわせて900ページに及ぶ大作ながら、一度として「飽きる」「ダレる」ということがなく、夜中まで読みふけり、電車で読んでいると乗り過ごす寸前まで目がページから離れない。
奇を衒った展開があるわけではない。物語自体は実にまっとうに、善と悪、愛と憎しみ、人生の意味などの重い重いテーマを真正面から綴っている。善の権化のようなサミュエル・ハミルトン、真の賢者とはこのような者かと思わせる中国人のリー、サイコパス的な「悪」の塊であるキャシーに至るまで、人物の描写も陰翳と奥行きがしっかり存在している。そこにあるのは、ノーベル賞作家スタインベックの人生を賭けた真剣勝負。だから、読むほうも気が抜けず、息もつけない面白さなのだ。映画やドラマにもなっているが、原作でこれほど惹き込まれてしまうと、イメージが壊されそうで視る気にならない。
ちなみに「カインとアベル」の物語は単に物語のモチーフになっているだけでなく、実は作中で取り上げられ、議論されてもいる。しかも、この部分は小説全体のいわば「核」であり、ここで言われていることがまさに本書のテーマとなっているので、リーの科白から、一部引用してみようと思う。ここにあるのは、スタインベックの「勝利の凱歌」。創世記第4章第16節のある言葉をめぐる議論である。
「『治めよ』は命令です。これを忠実に受け取って、服従を強いる宗派や教会が数多くあります。また、『治めん』に神の予定を感じ取る人も無数にいて、その人々にとっては、人間が何をしようと、そのために未来が変わることはありません。しかし、『治むること能う』ならどうでしょう。人間次第です。人間は偉大になり、その地位は神々にもひけをとりません。そうではありませんか。いくら弱くても、穢れていても、弟を殺しても、人間には偉大な選択の権利が与えられています。人間は自分の進む道を選び、そこを戦い抜いて、勝利できるのですから」