自治体職員の読書ノート

自治体職員です。仕事の関係上、福祉系が多めです。読書は全方位がモットー。

【874冊目】ジェリー・ニューポート/メアリー・ニューポート/ジョニー・ドッド『モーツァルトとクジラ』

モーツァルトとクジラ

モーツァルトとクジラ

本書の著者であるジェリーとメアリーは、アスペルガー症候群の夫婦。知的レベルは高く、ジェリーは数字に天才的な能力をもち、メアリーは音楽と絵画に才能をもつ。しかし二人ともコミュニケーション能力に障害を抱え、そのための苦労をずっと重ねてきた。

一口にアスペルガー症候群といってもその症状はいろいろらしい。よく言われるのは、表情やしぐさなどから人の気持ちを読み取るのが苦手、人の言葉を額面通り受け取る、などの特徴であるが、考えてみればこれまで、こういう特徴は「障害」ではなく「性格」として捉えられることが多かったように思う。なまじ知的な水準は高いだけに、彼らの障害は障害として認知されにくく、そのためにいろいろな苦労を強いられてきた人が多い。本書のジェリーとメアリーも同様だった。

例えばジェリーは、親に抱かれることを嫌がり、口を開けば家族の会話が止まり、怒りが爆発すると歯止めが利かず、そのため友達ができず、いつも孤立するか、ひどいいじめやからかいの的になってばかりだった。

アスペルガー症候群が遺伝性のものなのかどうか分からないが、メアリーのほうは、どうやら両親もアスペルガーの傾向があったように思われる。母はいつもメアリーを裏庭でひとりで遊ばせて扉に鍵をかけていたし、父はメアリーが抱きつこうと飛びつくと振り払って平手打ちをした。大きくなるとクローゼットにこもって遊ぶようになり、両親によって新興宗教教団に預けられてからは、半強制的に結婚し、妊娠し、教団を離脱してからは自暴自棄のめちゃくちゃな生活を重ねていた。

ジェリーとメアリーの「症状」は同じアスペルガー症候群と思えないほど大きく違う。しかし、いずれもコミュニケーションがうまくいかず、不安定な心理状態を抱え、共同生活を営むことが難しい状態にあることにはかわりない。ところが、この二人が結婚し、一度はうまくいかず離婚したものの、再婚することとなったのだ。そして、最初の結婚ではうまくいかなかったところをお互いに改め、アスペルガー症候群を抱えたままお互いに「うまくやる」方法を見出したのである。

その「方法」はおそらく、「普通の」夫婦や恋人にも十分に適用できるように思われる。なぜなら、われわれは多かれ少なかれ「コミュニケーションの不全」を抱えており、相手の気持ちを「理解できない」こともしょっちゅうあるからだ。アスペルガー症候群がいわゆる「性格の問題」ではないことは確かだが、しかしアスペルガー症候群の示す症状がわれわれの人間関係の「うまくいかない部分」を象徴的にクローズアップしたものであることもまた事実。そのため本書は、アスペルガー症候群に関する貴重な「内面からの」体験記であると同時に、夫婦円満の究極の秘訣を示した一冊でもある。特に本書は、ジェリーとメアリーそれぞれの視点が交互に登場するため、夫婦の一方から見えるものがもう一方にとってどう見えるのか、同じものをいかに「全然違うように」見ているかがよくわかる。実際、夫婦の誤解って、同じものを同じように見ているという「ズレ」から始まることが多いものなのだ。