hachiroetoのものぐさ遊読帖

自治体職員。仕事は福祉系。読書は雑食系。

【670冊目】五木寛之『ゴキブリの歌』

五木寛之30歳代の、現在と過去を綴ったエッセイ集。

ユーモラスでハイテンポのエッセイが続く。仏教の深い影響を受ける前の文章であり、著者の右往左往や戸惑いや悩みが率直に記されている。後年の仏教がらみの静謐な文章も悪くないが、こちらの若き五木寛之の味もすてがたい。

そして、その中に時折、戦時中から終戦直後にかけての体験がさしはさまれ、このエッセイ集に深い陰影を与えている。特に、日本の植民地支配の下にあった平壌での日々、それが突然、ネガとポジのように裏返った敗戦の体験。その強烈さと重さがあってこその五木寛之なのか、と思わされるものがあった。

特に印象深かったエッセイは「私が哀号と呟くとき」。あくまで個人の体験をはみ出すことなく、日本が経験した戦争と敗戦をみごとに描き出しており、特にほろ苦さのただようラストは絶品である。

しかし、やはり本書の真骨頂は日々の生活を描く軽妙なタッチの文章であろう。特に配偶者(五木氏は「配偶者」と書く)との掛け合いが楽しい。こういう会話のできる夫婦って、いいなあと思う。