自治体職員の読書ノート

自治体で働くソーシャルワーカーが、読んだ本を紹介します。

ジル・ボルト・テイラー「奇跡の脳」・山田規畝子「壊れた脳 生存する知」・ノーマン・ドイジ「脳は奇跡を起こす」(#619〜#621)

奇跡の脳

奇跡の脳

壊れた脳 生存する知

壊れた脳 生存する知

脳は奇跡を起こす

脳は奇跡を起こす

「奇跡の脳」「壊れた脳・・・」の2冊には共通点がある。「奇跡の脳」の著者テイラー博士は、先天性の脳動静脈奇形(AVS)によって30代で脳出血。「壊れた脳・・・」の山田医師も、34歳で脳出血により高次脳機能障害となった。つまりこの2冊は、いずれも脳出血から「生還」した女性が記した回復への記録なのである。

しかも、山田医師には医学の知識があり、テイラー博士に至っては脳解剖学の専門家である。したがって、自身の経験が何を意味しているのか、その理論的な裏付けが非常にしっかりとしている。そして、リハビリの重要性を誰より熟知しているのもこうした専門家である。2人ともが奇跡的な回復を成し遂げたのは、そのことが大きいように思われる。

しかし、それにしてもいったん損傷を受けた脳が、これほどの回復を示しうるということ自体驚かされた。文字が読めず、時計の文字盤を見ても意味が分からない。歩くことも会話も満足にできず、ものごとは目に入ってもその意味するところが分からない。そんなところからはじまって、2人とも見事としかいいようのない回復を見せる。

そして、こうした「脳の回復力」についてさまざまな具体例を通じて解説しているのが、3冊目の「脳は奇跡を起こす」。そのメインテーマは、脳における「神経可塑性」、つまり脳のうち一部が損傷しても、ほかの場所がそれを補うようにニューロンを「つなぎなおし」、それまでと同様の機能を回復するという作用である。

例えば、第1章に登場するシェリルという女性は平衡感覚をつかさどる前庭器官という脳の部位が損傷した。だが、治療で平衡感覚を「舌」に伝えるようにしたところ、舌に向けられた刺激を通じて平衡感覚を取り戻したという。他にもポルノ中毒、学習障害、幻肢症、強迫性障害など、多種多様な脳の障害が、治療によって適切な「バイパス」を作られることによって治癒していく。

こうした「神経可塑性」は、しかし脳研究の世界では長いこと無視されてきたという。主流を占めていたのは、脳はそれぞれ決まった部位が決まった役割を受け持つという「局在論」。その特定部位が損なわれてしまえば、回復は不可能とされていた。それをくつがえしたのが、本書に取り上げられている科学者や臨床家たちの活躍。特に、さまざまな妨害にも負けず脳科学の歴史を塗り替えたエドワード・タウブの不屈の研究活動は、読んでいて胸が熱くなった。

また、本書を読んで驚いたのが、いわゆる精神分析などの心理療法が、こうした考え方によって脳科学的な裏付けを得られる可能性がある、ということであった。言葉の応酬や精神分析における自由連想法が、脳に一定の刺激を与え、新たなバイパスを作ったり、それまで正常な機能を妨げていた学習を取り去る(脱学習)のである。

こうした「機能回復」に加えて、もうひとつ強く印象に残ったのが、「奇跡の脳」に書かれている右脳マインドのエピソードであった。左脳内部に出血したテイラー博士は、それによって左脳のうち言語などをつかさどる部位が損傷したのだが、その回復過程とは別に、なんと右脳が通常をはるかに超えて活発化したのである。それによってもたらされたのは、「幸福感」であり「感謝の気持ち」。心が落ち着き、悩みや不安が取り去られ、「涅槃(ニルヴァーナ)」の境地に至ったのだという。

どうやらこうした状態は、感情(怒りや悲哀、嫉妬など)や論理的思考をつかさどる左脳が機能低下し、右脳に対する抑制がはずれたことによるらしい。幸福とは何なのか、心の平穏とは何なのか、いろいろ考えさせられるエピソードである。