自治体職員の読書ノート

自治体職員です。仕事の関係上、福祉系が多めです。読書は全方位がモットー。

【493冊目】ピーター・F・ドラッカー「非営利組織の経営」

非営利組織の経営―原理と実践

非営利組織の経営―原理と実践

企業でも役所でもない第3の存在として、「非営利組織」は日本でもいまやきわめて重要な位置を占めている。しかし、非営利組織が特に発達しているのはやはりアメリカであろう。本書によると、非営利組織で無給で働く男女は「アメリカの成人の2人に1人」「総数9000万人」で、時間は「週当たり平均5時間」。つまり、アメリカにおいて非営利組織の占める役割の大きさは、日本とは比較にならないのである。

したがって、非営利組織の運営・経営に関する知見が最も集積しているのも、またアメリカだと見なければならない。本書は、その中でも古典的名著といわれる一冊である。何より、経営を論じさせたら右に出るものがいないであろう論客ドラッカーが、非営利組織を対象にその経営のあり方を論じたのである。しかも、ドラッカー自身も非営利組織に深くかかわり、いわば企業経営の視点と非営利組織の経営の視点を俯瞰できる位置にいる。

営利企業に比べ、非営利組織の経営を考えるにあたりもっとも重要なポイントは、その「使命」に対する認識であろう。営利企業の「使命」が究極的には利益を上げることに尽きるのに対し、非営利組織では使命そのものが多様であり、かつその非営利組織の存在理由そのものであるのだから。そして、使命を固めた後は、それを具体的な「成果」に結び付けていく方策が検討されなければならない。マーケティングやイノベーション等が非営利組織にも適用されるのは、この一点である。次に、成果をあげるためのマネジメントが重要となる。さらに、その組織を構成する人事についても、非営利組織は営利企業よりずっと多様であり、また脆弱である。最後は「自己開発」。非営利組織は、そこに属する人個人の自己開発、自己啓発と密接に関わっているからだ。「あなたは何をもって記憶されたいか」という問いを、ドラッカーは紹介する。その答えが非営利組織に限られるわけではないが、この、誰の人生にとっても重要な問いの答えが、営利企業や単なる趣味よりも非営利組織における活動の中で見出されることが多いことも確かであろう。

本書は大きく上のような流れで展開し、非営利組織に対する深い理解を基盤としつつも、企業経営の視点を必要に応じて大胆に適用することを恐れない。その「切り分け」の視点が本書はきわめて明確である。さらに、本書がユニークなのは第1部〜第5部までの各部それぞれについて、2つのかなり長いインタビューを掲載していることである。インタビュアーはドラッカー、相手はアメリカでも代表的な非営利組織に属し、広く活躍している方々ばかり。この対話は、それまでドラッカーによって展開されてきた理論を現場の感覚や経験で裏打ちし、具体的な実践のレベルに敷衍するものとなっており、内容的にもきわめて面白い。

最後に、本書はNPOやボランティア団体の経営だけでなく、役所の経営に対しても示唆するところが多い。営利企業との対比でみた場合、非営利組織と行政組織というのは(違うところもたくさんあるが)非常に共通点が多いのである。特に、経営という視点から行政を考えるとき、本書が提供している視点は非常に有益なものが多い。ドラッカーあなどるべからず、である。