自治体職員の読書ノート

自治体で働くソーシャルワーカーが、読んだ本を紹介します。

【456冊目】井上ひさし「手鎖心中」

手鎖心中 (1972年)

手鎖心中 (1972年)

表題作「手鎖心中」の舞台は寛政期の江戸。絵草紙作家になりたくてしょうがない材木問屋の若旦那は、才能のほうはからっきしだが、とにかく徹底して偉大な戯作者たちにあやかろうとマネばかり。吉原通いをしてみたり、わざと勘当されてみたり、挙句の果てはお上のご政道を批判した絵草紙を、隠すどころかわざわざ自分から注進して手鎖の刑を受けてまで評判を取ろうとする。そのエスカレートぶりと皮肉な結末を、同じく絵草紙作家志望の近松与七(なんとのちの十返舎一九)の視点から描く。

版元蔦屋重三郎、当時活躍していた山東京伝や東洲斎写楽、鶴屋南北等がずらりと居並ぶ様も壮観であるが、やはり面白いのは、熱意だけは人一倍だがピントがずれて空回りばかりの若旦那。金持ちのボンボンならではの妙な憎めなさが印象に残る。また、戯作者や戯作者志望のことを書いているこの小説自体、戯作のパロディ、現代版戯作小説になっているところは見逃せない。本書の文庫版解説から知識を借りると、戯作の特徴は「へりくだりの心、語呂合せ、古典のもじり、月並み語句の多用、畳語の頻発、そしてわけても趣向」とのことだが、特に戯作に秘められた謎かけ遊び、あるいは隠された世界としての趣向は、この小説でも生きている。それは、解説者(なんと辛辣な書評で名高い「風」こと百目鬼恭三郎氏である)が指摘するとおり山東京伝の「江戸生浮気蒲焼」であるし、あるいは戯作そのものの定型を「趣向」として現代の小説にはめ込んだとも言えるように思う。そのあたりが見えてくればまた楽しいし、見えなくてもそれなりに(というか、かなり)楽しめるというちょっと意地悪な二重性も、また戯作さながらである。

なお、本書にはもう一編「江戸の夕立ち」という、こちらは若旦那おつきの「たいこもち」をメインに据えた小説がおさめられている。こちらも波瀾万丈、ユーモアたっぷりの傑作であり、特にたいこもち「桃八」の軽妙な語りとちらりとのぞく悲哀のバランスが絶妙。ちなみに「手鎖心中」が直木賞受賞作、「江戸の夕立ち」は受賞第一作ということらしい。いずれも笑いをなりわいとする「戯作者」と「たいこもち」を主人公に据えた後ろに、著者自身の姿が二重写しになっているように読めるのは、気のせいにすぎないだろうか。