自治体職員の読書ノート

自治体職員です。仕事の関係上、福祉系が多めです。読書は全方位がモットー。

【455冊目】横溝正史「悪魔が来たりて笛を吹く」

映像で観た事はあったが、小説は初読。ミステリとしての完成度もさることながら、戦後間もない時代ならではの独特の雰囲気が強烈。そこらじゅうに空襲の爪痕が残り、社会は混乱し、貴族制度が廃止されて旧貴族は退廃と没落の一途をたどっている。そういう時代の空気こそが、異様で怪奇きわまる横溝正史ワールドを成り立たせているように思われる。

最初の殺人事件の前に、すでに椿子爵の自殺という大きな謎が投げかけられた状態で物語は始まる。子爵が生きているのではないかという疑問、子爵が作曲した「悪魔が来りて笛を吹く」という曲の存在感が、小説全体に不気味な影を投げかける。そして、最後に明らかになる、曲自体に隠されたトリックに驚愕。正直、メインの密室トリックや個々の殺人事件の謎解きは、よくできているとは思えても度肝を抜かれるというほどではなかったが、この「曲のトリック」で小説全体が見事に解決するのには鳥肌が立った。「犬神家の一族」「八つ墓村」等の地方の因習を描いたものとはまた別の、都会的で退廃的な魅力に満ちた古典的名作ミステリ。