自治体職員の読書ノート

自治体職員です。仕事の関係上、福祉系が多めです。読書は全方位がモットー。

【444冊目】佐倉統「遺伝子vsミーム」

ミームとは聞き慣れない言葉かもしれないが、遺伝子が遺伝情報を伝えるのに対して「文化的な情報の伝達システム」をいうらしい。本書は、この「ミーム」を補助線として、人間や社会のあり方を見直そうとする一冊である。

人間を含む生命を遺伝子の乗り物と言ったのは生命学者のリチャード・ドーキンスであるが、実はミームという概念もドーキンスが提示したものである。ドーキンス自身はミームそのものについて詳しく語ったわけではないようだが、ミーム概念の内容を知ってみると、「利己的な遺伝子」のドーキンスが、これと対立するかのようなミームを語ったこと自体が面白い。実際、本書で挙げられているさまざまな例をみると、ミームと遺伝子は、その機能においてぶつかり合う面が強いように思われるからである。遺伝子を残せなくなる高年齢期にミームは最も充実し、遺伝子を後世に伝えるためと思われる恋愛においても、実はこれと相反するような文化・習俗を人間はたくさんもっている。人間社会は、遺伝子に代表される生命としての要請と、ミームに代表される文化的要請の相克のなかで成り立っているようなものなのかもしれない。

本書には、こうした「ミーム視点」に基づいて多くの重要な指摘がなされているが、特に印象的だったのは教育の大切さを強調している点であった。そもそも、ミームつまり文化情報を伝えるのに決定的な役割を果たすのが教育である。また、環境問題に関連して、「環境問題は人間の原罪」と言い切ったところも強烈な印象があった。本書の中で環境問題に触れている部分はほんのわずかであるが、最近読んだなかでは最も腑に落ちる環境論だった。この「原罪」とは、すなわち人間という生き物の生物的な特質から、人間という種が生まれ落ちた時点で環境問題の発生は宿命づけられていた、という意味であって、本書の文脈でいえば、遺伝子側の要因ということになる。ということは、いわゆる環境対策とか環境運動というものは、実は人間という種の生物学的な特性、すなわちヒトという種における「自然」に逆らう行為である、ということになる。もちろんそれを著者は否定しないが、対抗策として最も有効と思われるのは、環境教育を充実させること、すなわちミームの面からの対策である、と主張するだけである。

本書はおそろしく本源的な問題を扱っているにもかかわらず、文章は明晰でわかりやすく、主張も明快極まりない。ユーモアや比喩も巧みで、この人の本は初めて読んだのだが、何度もうならされるところがあった。