【426冊目】永井荷風「墨東綺譚」

- 作者: 永井荷風
- 出版社/メーカー: 岩波書店
- 発売日: 1991/07
- メディア: 文庫
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「墨」の字は実はちょっと違うのだが、どうも文字化けしてしまうのでこの字にさせていただきます。
荷風の分身のような作家「大江匡」と、昔ながらの風情を残す娼婦「お雪」の出会いから別れまでを、淡々とした筆致で描いている。
お雪との関係がストーリー上はメインだが、こちらはお雪のこざっぱりした性格もあって、それほどべたつくことなく、むしろあっけらかんとした印象。それに、大江自身もお雪への情はみせるが全体に恬淡としている。荷風自身、そうした飄々たる老人であったらしく、その立居振舞がなんともシャレている。姿勢が良い。それは、近代化によって変容しつつある時代に不満を抱き、江戸以来の情緒と風俗を惜しむ荷風自身の姿勢なのだと思う。小説内で何より目立ち、印象に残るのはこうした近代化への非難と過去への憧憬である。その矛先は遊女の髪型にはじまってラディオ(ラジオ)のうるささ、銀座を中心とした東京の街並みの変化などあらゆる方面に向かう。
しかし、だからといって荷風=大江はそれをちくりと鋭く指摘するだけで、帽子をかぶって飄々と遊郭の中に消えていく。その姿がなんとも素敵である。そして、そのわずかな指摘から、この平成の世ではすっかり失われてしまった江戸の残り香のようなものが、ふわりと漂ってくる。それがまた、なんとも良い。
ということで、私にはこの小説、「大江」と「お雪」との関わりからはそれほど強い印象を受けなかったが、その合間合間にはさまれる近代批評に、むしろ荷風の肉声を聞いたような気がしてならない。