【271冊目】佐藤亜紀「ミノタウロス」

- 作者: 佐藤亜紀
- 出版社/メーカー: 講談社
- 発売日: 2007/05/11
- メディア: 単行本
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革命期のロシア、ウクライナ地方を舞台に、青年ヴァシリのすさまじい人生を描いた小説。allaboutというサイトの「話題の本」で「2007年上期BEST1」となっていたので、気になって読んでみた。
読んでみてあまりのスケールのでかさにまずぶっとんだ。面白いなんてものではない。ホンモノの小説を久しぶりに読んだ、とさえ感じた。革命によって赤軍と白軍が入り乱れて戦い、国家の治安などどこを探しても見当たらない無法地帯のウクライナ地方という設定がまずすごい。何しろ野盗や追いはぎが跋扈し、軍隊も兵隊ときたらならず者ぞろいで、庶民を守るどころか率先して村々を略奪するような世界である。その悲惨な状況が、ロシアの黒々とした大地と灰色の空を背景に、いっさいの贅肉をそぎ落としたムダのない文章で綴られていく。
そんな状況下、地主の次男坊として育った主人公はやがて家族を亡くし、親代わりのような立場にあったがなんとも胡散臭い男であるシチェルパートフを撃ち殺して出奔し、知り合ったドイツ人の兵士ウルリヒとロシアの元農民フェディコと共に野盗として暴れまわる。その暴れっぷりがまたすさまじい。乱暴狼藉の限りとはまさにこのこと、という感じである。そうした日々の中、次第に人よりけだものに近づいていくヴァシリの荒涼とした心理、崩壊していく人格が、個々の行動を通して淡々と積み重ねられていく。
印象的なのは相棒となったウルリヒである。飛行機が好きで「撃墜王」になるのが夢と語るこのドイツ人は、下手をするとヴァシリ以上に壊れた人格の持ち主なのだが、その彼が新しい飛行機の絵をひとり静かに描いているシーンや、飛行機のパイロットとなって大空を飛び回るシーン、それに何より略奪のため襲ったある村でウルリヒと少女が恋に落ちるシーンは、その前後のシーンの陰惨さの中で光るかすかな希望のように感じた。