【234冊目】小川洋子「密やかな結晶」

- 作者: 小川洋子,井坂洋子
- 出版社/メーカー: 講談社
- 発売日: 1999/08/10
- メディア: 文庫
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とても不思議な味わいの小説。何かが次々に「消滅」していく島を舞台とした寓話的な物語である。
「消滅」とは現にそのもの(例えば「帽子」「鳥」「オルゴール」)がなくなるというだけではなく、人々の記憶からも消えてしまうのである。しかし、一部には記憶が消えない人もいて、そういう人は秘密警察に連れて行かれる。主人公は自分の家に隠し部屋をつくり、そんな「記憶が消えない人」の一人ををかくまって救おうとする。
読み始めたときから「何かに似ている」と感じていたが、解説を読んでやっと分かり、はたと膝を打った。「アンネの日記」である。そういえばそっくりだ。「記憶をなくさない人」は「ユダヤ人」だし、「秘密警察」はそのまんまナチスである。何より、隠し部屋をつくって人をかくまうという設定がそっくりだ(解説によると、著者はアンネ・フランクを辿る旅をして、その過程を本にまとめたことまであるらしい)。ただ、「アンネ」が一種のノンフィクションの生々しさをもっていたのに対し、本書では舞台を無国籍的かつ抽象的な「島」に設定することで、秘密警察という存在の異様さや抑圧感、諦め感をかえってくっきりとあぶりだしているように感じる(こういう全体のトーンはそういえばどこか安部公房を思わせる)。
あと、主人公の女性は作家で、彼女の書く小説が「小説内小説」として登場している。面白いのはその書き分け方で、著者は本文のほうを「である」体で、小説部分を「ですます」体で書くこと、ほとんどそれだけで(あとは行を一行あけたりする程度で)両者を区別している。「小説内小説」が登場する本は他にもいくつかあるが、たいていは章を分けて見出しをつけたり、字体を変えたりして、読者が混乱しないよう苦労しているように思う。その中で本書のやり方は実にスマートである。ちょっとしたことだが、見事なコロンブスの卵だと思った。先行例があったら教えてください。