自治体職員の読書ノート

自治体職員です。仕事の関係上、福祉系が多めです。読書は全方位がモットー。

【232冊目】養老孟司「いちばん大事なこと 養老教授の環境論」

いちばん大事なこと―養老教授の環境論 (集英社新書)

いちばん大事なこと―養老教授の環境論 (集英社新書)

環境問題に関する本なのだが、さすが養老孟司氏の環境論、他の本とはひと味もふた味も違う。何が違うといって、そもそも視点の置き方が全然違う。

都市が人間の意識をいわば外在化した「脳化社会」であるというのは著者の年来の主張だが、本書もその延長線上にある。都市が「脳」つまり意識の世界であるとすれば、自然環境は意識の外にある「実在」の世界である。私も含めて、脳化社会である都会に住む人々は、意識の産物である人工物に取り囲まれてしまっているせいで、意識外の存在である自然環境が遠い存在になってしまっている。そのため、環境論議をすると「非現実的」「経済とどっちが大切か」などという議論になるのだが、実は環境問題こそ、明らかに起こっている観察も測定も可能な「現実」の話であり、経済のほうが脳化社会の産物、いわば幻想の世界なのである。

また、著者は自然環境から人間を排除しようとする「環境原理主義」にも反対する。むしろ、大切なのは人間と自然の関わり合い方を考えることだという。その際に大切になるのが「手入れ」という発想である。支配下に置いてコントロールするのではなく、自然という相手を尊重しつつ、慎重に関わり合っていく。こうした姿勢を、自然に囲まれて暮らさざるを得なかったかつての日本人はみんな持ち合わせていた。そもそも、自然はコントロールできない存在である。にもかかわらず、「ああすればこうなる」という単純な入力・出力系で自然を捉えてしまうこと自体、人間が自然を忘れてしまったということなのだ。「ああすればこうなる」という発想は、そういうふうに仕組まれた人工の世界でしか通用しないルールなのである。では、自然と関わりあう姿勢を現代の人間が取り戻すにはどうすればよいか。著者は「参勤交代」制度を導入し、都会人の全員が1年のうち3ヶ月程度は田舎で過ごすようにするべきだと、大真面目に提案する。

この「参勤交代制度」自体、一見して荒唐無稽に見える。しかし問題は、そうでもしなければどうにもならないくらい、今の日本が、こと環境という点からみれば絶望的な状況にあるということなのだ。本書は著者一流のユーモアと毒舌に満ちているが、その隙間から、養老氏の現代日本への深い絶望が透けて見える一冊である。