自治体職員の読書ノート

自治体職員です。仕事の関係上、福祉系が多めです。読書は全方位がモットー。

【206冊目】夏目漱石「二百十日・野分」

二百十日・野分 (新潮文庫)

二百十日・野分 (新潮文庫)

草枕」に続いて書かれた2つの中篇であるが、どちらにも感じられるのが、漱石の「反発心」である。何に対するものかといえば、「拝金主義」「成金主義」「商売至上主義」といった近代資本主義社会のメンタリティであり、金銭的価値を唯一絶対の尺度とするような人々の心のあり方である。ちなみにこうしたメンタリティは現代ではさらにひどくなっており、それが昨今の格差論議にもつながっているように思われる。

そして、面白いのがそれを表現するにあたって漱石がとった手法である。「二百十日」では全編のほとんどが二人の会話で成立している。戯曲を思わせる、おそらく当時としてはかなり実験的な手法であったのではないか。「野分」はそれに比べると通常の小説に近い。これまでの「猫」や「草枕」に比べると小説としての結構がぴしりと決まっており、中篇ながらひとつの完結した世界がつくられている。それと小説中に、主人公の「高柳君」や特に「白井道也」の、かなり長文の「雑誌の記事」や「演説」がそのまま盛り込まれているのも特徴的。これらには漱石自身の思いがかなり投影されているらしい(解説によると、漱石は日々書き綴った考えや思想の断片をこの小説の中に散らしたという)が、その割に彼らを描く「地の文」の筆致は、ユーモアを交えつつ適度に突き放したものであり、漱石の作家としてのクールで皮肉な視点を感じる。