自治体職員の読書ノート

自治体職員です。仕事の関係上、福祉系が多めです。読書は全方位がモットー。

【180冊目】M・イグナティエフ「ニーズ・オブ・ストレンジャーズ」

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「ニーズ」を軸にヨーロッパの思想史・社会史を概観し、国家と市民、公共と自由のあり方を考察した本。

シェークスピアの「リア王」にはじまり、アウグスティヌスの「選択する自由と選択の結果の正しさを知る自由」、ヒュームの鋼鉄のような無神論アダム・スミスとルソー、マルクスに至る「市場」と「社会」「共同体」の議論までを、「ニーズ」という視点から再構成し、福祉社会と個人のニーズと自由がぶつかりあう現代社会(特にサッチャー政権下のイギリス)のあり方を論じていく。その議論は多岐にわたっており、正直かなり難解なところも多い。しかし、本書は単なる行政や政治のフレームではなく、思想・精神史的な観点で「ニーズ」というものを捉えなおすことで、かなり根源的なところから現代の福祉社会を考え直す試みとなっており、その点で非常に意義深い内容を含んでいるといえる。

著者によれば、ニーズとは単に物質的に満たされればそれでよしというものではないという。それが恩恵的な措置であればあるほど、そこには福祉を受ける側の「屈辱」があり、自尊感情が損なわれることとなるという。したがって、福祉を考える際にはそうした「自尊感情」すなわち名誉心や評価、あるいは精神的な慰めを求める心といったレベルのニーズの存在が重要となる。また、特に「ストレンジャーズ」にとっては、何らかの「帰属感」をもつことも重要な「ニーズ」にほかならないといえる。

なお本書のタイトルにある「ストレンジャーズ」とは、「見知らぬ人たち」すなわち家族や隣人などの相互扶助対象に入らず、福祉の対象となる人をいうものと理解していたが、もうひとつ「異邦人」あるいは「異教徒」という意味合いもあるらしい。「ニーズ」あるいは「ニード」という言葉も、本書では(もっとも中心となるタームであるが)和訳されずそのまま用いられている。そのことに少し違和感もあったが、それだけ、特に「ニーズ」という言葉の意味合いが広く(少なくとも単なる物質的充足だけには限られていない)、ある種多義的な側面があるということなのだろう。