hachiroetoのものぐさ遊読帖

自治体職員。仕事は福祉系。読書は雑食系。

【172冊目】糸井重里「インターネット的」

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私が毎日チェックしているサイトのひとつに「ほぼ日刊イトイ新聞」がある。文字通り毎日更新され、独創的な企画を連発して毎日数百万のアクセスを誇る超有名サイトである。しかもここは、他にあまり類例のない、一種独特の「世界観」というか、不思議な空気が画面から漂ってくるような気がしていて、実はそれが何なのか、前から気になっていた。本書は糸井氏自らの手によって、いわばその「秘密」の一端を見せ、「ほぼ日」の魅力の少なくとも一因を明らかにしてくれている本である。

著者によれば「インターネット」と「インターネット的」なるものはまったく違うという。そして、「インターネット」が物理的に定義できるハードウェア的な存在であるのに対して、インターネット的なものはそうではなく、パソコンやケータイにつながっていなくても良いものであるという。逆に言えば、そうした「インターネット的」なものにもっともマッチする乗り物が「インターネット」であったということである。

その「インターネット的」の特徴を、著者は「リンク」「シェア」「フラット」「グローバル」とシンプルに表現してくれている。そこではこれまでの階層化され、分断された社会がときほぐされ、つながり、新たな社会として再構成されてくる。そのため、既存のビジネスや社会の仕組みからは想像もつかない発想や取り組みがいとも簡単に現実となる。そこでは夢のようなこともできるが、悪夢のようなことも簡単にできてしまう。それは著者のいうとおり、開けてはならない「パンドラの箱」そのものなのかもしれない。

もっとも、インターネット自体は単なる「乗り物」あるいは「レール」にすぎないのであり、重要なのは(これまで以上に)一人一人のクリエイティブな発想力となってくるという。ネットがあるから何でもできるということではなく、実際は、ネットがあるからこそ、そこで何ができるのかが試されているといえるのである。そして、著者自身が全身で「インターネット的」なものを構築し、表現したのが、「ほぼ日」であるような気がする。

インターネットというものをこういう視点で書いた本というのは、実は案外なかったのではないか。そんな気がしてならない、とてもソフトで柔軟なスタイルで、しかしとても大切なことが書かれたインターネット論である。