【81冊目】浅田次郎「天切り松闇がたり 昭和侠盗伝」

- 作者: 浅田次郎
- 出版社/メーカー: 集英社
- 発売日: 2005/05
- メディア: 単行本
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「目細の安吉」親分のもと、大正から昭和にかけて活躍した怪盗一味の生き残り、「天切り松」こと村田松蔵が、平成の世に当時の思い出を語る短編小説シリーズ。松蔵の成長とともに進んできた話も、本書で第4巻目となる。
どの短編も例外なく、現代に生きる年老いた「天切り松」こと松蔵が、多くは刑務所の囚人や看守に、当時の思い出を語るところから始まる。その昔ながらの東京弁が、とにかくリズミカルで小気味よい。そして、語りが始まるとともに、寒々とした刑務所が鮮やかな大正ロマンの時代に切り替わる。その場面転換が本当にみごとである。この定型は、どの短編においても決して外されることはない。そこがまた「お約束」の快感になる。
鮮やかな盗みの技、義賊の矜持、江戸っ子の心意気、冒険活劇からロマンス、ほろりと泣かせる人情噺まで、超一級の講談師もかくやと思わせるような、心憎いまでに節目節目がぴしりと決まった極上のエンターテインメントである。そして、ピカレスク・ロマンを書かせれば天下一品の浅田次郎の魅力があふれんばかりに詰まっている。見たこともないはずの大正から昭和初期にかけての鮮やかさときな臭さをここまで見事に描き出されると、言葉もない。特にこの巻では怪盗の活躍はちょっと控えめであり、むしろ昭和史を描いた歴史小説の趣が強い。華やかな大正文化の残像の裏側で、戦争に傾斜していく日本の姿、歴史の大きな流れの中で翻弄される個人の哀しさが切々と伝わってくる。個人的には、3作目の「惜別の譜」の、相沢三郎と妻の米子のやり取りが泣けた。
なお本書についての作者インタビューを発見。主に「戦前史」の観点からの切り込みになっているが、面白い。
http://seidoku.shueisha.co.jp/asada.html