自治体職員の読書ノート

自治体職員です。仕事の関係上、福祉系が多めです。読書は全方位がモットー。

【2477冊目】クリス・クラッチャー『ホエール・トーク』

 

ホエール・トーク

ホエール・トーク

 

 

主人公のT・Jは黒人と白人と日系の混血で、IQ高くスポーツ万能、ドラック中毒の母親から引き離されて養父母のもとで育てられている高校生。通っているカッター高校は何事もスポーツ優先、体育会が学校で一番という日大みたいな学校だ。そこでひょんなことから水泳チームを作ることになったT・J。集まってきたのは、脳に障害を負ったいじめられっ子のクリス、プールの水位を上げることができるほどの巨漢サイモン、存在感が薄くほとんどしゃべらないジャッキー、小難しい言葉ばかりを使う秀才ダン、ボディビルダーの音楽家テイ=ロイ、そして毒舌家の「義足の精神異常者」アンディ・モット。学校内のアウトサイダーの見本市みたいな面々だった。

この「寄せ集め水泳チーム」の奮闘と友情が縦軸だとすれば、横軸は学内のスポーツ・エリートだが人間的には最低のマイク・バーバーに、その兄貴分で学校OBのリッチ・マーシャルという二大「ジャイアン」。といっても、T・Jはこの2人とも対等以上にやり合うので、イメージとしては『バック・トゥ・ザ・フューチャー』のマーティとビフのやり取りに近いかな。さらに欠かせないのは、T・Jの養父母の存在だ。過去のトラウマを引きずり、見た目は怖いが実は誰よりやさしい父親に、児童虐待事件を専門とする辣腕の弁護士である母親。間違っていると思えば学校にもどんどん乗り込むが、一方ではリッチから虐待を受けた妻や子を家に預かり、押しかけるリッチからも守り通す。この養父母に加え、水泳チームを率いるシメット先生や、スポーツクラブに棲みつき、結果的にチームの手伝いをするイッコーら魅力的な大人の存在が、この小説をピリリと引き締めている。

ああ、こんな書き方で、この作品の魅力が伝わるとは思えない。とにかく読んでほしい、としか言えないのは歯がゆいことこの上ないが、本書の訳者もこう言っているのだから、いいだろう。「相手の好みなどきくまでもなく、とにかく読んでくれと突きつけたくなる本というのもごくまれにある」(p.282)。そう、本書はまさにそういう本なのだ。

いじめ、DV、児童虐待、トラウマなどの重いテーマを呑み込みながら、それでもリズミカルに物語が転がっていくのは、やはり主人公T・Jの存在が大きい。誰より優れた才能を持ちながら、学校のゆがんだ「体育会」至上主義にはあくまで抵抗し、いじめられているクリスを助け、暴力を振るうバーバーやリッチとは毅然として戦う。一方、そのバーバーやリッチも、不愉快極まりないキャラクターながら、単なる「悪」としては描いていない。似たような暴力的な親に育てられてきたという過去や、スポーツの優秀な生徒であれば不祥事があっても握りつぶそうとする学校側の姿勢が、彼らを「スポーツ・モンスター」にしてしまったことが、しっかりと書かれているのだ。善悪を単純に割り切ることなく、それでも正しいと信じる道を貫くことの大切さ、そして何より、罪を「赦す」ことの大切さについて真摯に描いた、珠玉の児童文学だ。