自治体職員の読書ノート

自治体職員です。仕事の関係上、福祉系が多めです。読書は全方位がモットー。

【2444冊目】永井荷風『葛飾土産』

 

葛飾土産 (中公文庫)

葛飾土産 (中公文庫)

 

 

永井荷風が戦後に書いた作品を集めた一冊だが、一番びっくりしたのは巻末に寄せられた石川淳の「敗荷落日」という解説?文。なにしろボロクソなのだ。表題作である「葛飾土産」に対しては「戦後はただこの一篇、さすがに風雅なお亡びず、高興もっともよろこぶべし」と持ち上げているが、それ以外の作品については「小説と称する愚劣な断片、座談速記なんぞにあらわれる無意味な饒舌、すべて読むに堪えぬもの、聞くに値しないものであった」「晩年の荷風に於て、わたしの目を打つものは、肉体の衰弱ではなくて、精神の脱落だからである」と手厳しい。

 

まあ「焼跡のイエス」のような作品を生み出した石川淳からみれば、たしかに本書に出てくる戦後の東京を描いた小説は、なんともなまぬるく映ることだろう。空襲で妻子と生き別れた男と、夫と生き別れた女が結ばれる「にぎり飯」も、劇団の恋愛模様を淡々と描いた「心づくし」も、それなりに戦後間もない時期の風俗や人々の思いが浮き出るように描かれてはいるが、それ以上の深みがあるわけではない。もっとも、個人的には、田舎に買出しに出たごくふつうの女性が倒れた老婆の荷物と自分のものをすり替える「買出し」にギョッとさせられた。「靴」も、急に妻を家に連れてきた息子に向けた老母の「イヤな感じ」がにじみ出ていて面白い。

随筆は少ないが、やはり石川淳が褒めていた「葛飾土産」が出色。江戸らしさ、昔らしさへの哀惜がなんとも荷風らしいが、たしか「日和下駄」ではその範囲がせいぜい隅田川のむこう側だったのに対して、戦後はその範囲が千葉の市川まで広がっている。まあ、荷風の愛した下町は空襲ですっかり焼け野原になっていたのであるが。

「市川の町を歩いている時、わたくしは折々四五十年前、電車も自動車も走っていなかったころの東京の町を思出すことがある。
 杉、柾木、槙などを植えつらねた生垣つづきの小道を、夏の朝早く鰯を売りあるく男の頓狂な声。さてはまた長雨の晴れた昼すぎにきく竿竹売や、蝙蝠傘つくろい直しの声。それ等はいずれもわたくしが学生のころ東京の山の手の町で聞き馴れ、そしていつか年と共に忘れ果てた懐しい巷の声である」(p.177)

ちなみに荷風は、水の流れを見ると水源を求めて延々と歩き通すのを好んでいたらしい。さすがは元祖「散歩の達人」である。