【2429冊目】安部公房『壁』
三部構成、というより、ほとんど独立した短編二つに加え、超短編四つを収める。
出色なのは第一部「S・カルマ氏の犯罪」。名前をなくした男、胸の中にひろがる荒野、議論をする靴やネクタイや文房具、哲学者や数学者やドクトルによる裁判、マネキン少女にラクダなどの、不思議で忘れがたいシーンが次々に登場する。
すべてが奇妙で不条理ながら、そこにひとつの世界が完結し、ただの一箇所の破綻もない。この一作だけで、安部公房がカフカの系譜を継ぐ者であること、筒井康隆も星新一も小川洋子も村上春樹も(第二部「バベルの塔の狸」はどこかハルキ・ワールドを思わせる)、安部公房に出自していることがわかる。もっともこの世界観は、カフカの小説世界というよりダリやキリコ、マグリットらの絵画世界に、より近いようにも思うのだが。