【2364冊目】堀川惠子『教誨師』

 

教誨師 (講談社文庫)

教誨師 (講談社文庫)

 

 

死刑囚に神仏の教えを説く「教誨師」。その「仕事」の中身が、こんなにすさまじいものだとは知らなかった。なにしろ相手は、死刑が確定した、それも海千山千の強烈な連中である。宗教者としての本領、というよりむしろ、ここではその人の人格そのものが試される。

本書は、浄土真宗の僧侶として教誨師を50年にわたり続けてきた渡邉普相の語りを、誠実に、丹念に書き留めた一冊だ。死刑制度のもっとも身近で、死刑囚の声を聞き続けた教誨師の言葉のもつ重みは、通り一遍の死刑廃止論とは次元が違う。にもかかわらず読み始めるとやめられなくなるのは、われわれの多くがほとんど目にすることのない世界が、ここに描かれているからだろうか。

看守殺しの脱獄犯、かの三鷹事件で唯一罪に問われた男、自分を捨てた母への意趣返しに無関係の人を殺した男、物欲と色欲で多くの人を殺めた女、「殺しが楽しい」「大久保清と自分は同類」と語る男。こうした相手に親鸞の教えを聞かせようとするのだから、これは大変である。渡邉の放ったわずかな一言で二度と顔を見せなくなる者もいる。最期まで母に会いたいと切望し、泣き叫びながら死刑を執行された男もいる。そんな中での、激しくメンタルを削られる「仕事」を、渡邉はなぜ半世紀にわたり続けられたのだろうか。

本書によると、渡邉は子どもの頃に広島で被爆して紙一重で死をまぬがれ、助けを求める人々を見殺しにして逃げるというキツイ体験をしている。もう二度と、助けを求める人を捨てて逃げることはしない。そんな思いが原点となり、教誨師としての使命をまっとうできたのだという。

広島の体験に匹敵する大きな出来事、もうひとつのターニングポイントは、なんと70歳近くでなったアルコール依存症だろう。渡邉はストレスから酒が手放せなくなり、ついには精神病院から東京拘置所に通うようになったのだ。そしてなんと、入院を隠すことに無理を感じてきた渡邉は、思い切って死刑囚たちに「実はわっし、今、”アル中”で病院に入っとるんじゃ」と「告白」したのである。このうわさが広まると、意外な効果があった。渡邉が一人の人間としての弱みをみせたことで、かえって死刑囚たちが渡邉への親近感を覚え、距離感がぐっと縮まったのだ。

ここで渡邉が思い出したのが、入院中の精神病院で自分が見た光景だった。患者たちは相談役のカウンセラーのところには行かず、掃除のおばちゃんたちにいろんな話をしていたのだ。カウンセラーたちは医者のように上から目線で振る舞い、威張りくさっていたのである。そのカウンセラーの姿が、かつての自分の姿に重なった。

「病院の患者も、拘置所の死刑囚も、実は同じではなかろうか。教誨師である自分も、あの医者のような高飛車な雰囲気をまとったカウンセラーになってはいなかっただろうか、と。「お前に何が分かる!」という怒りは、まさに自分がこれまで、死刑囚たちから浴びせられたものでもあった」(p.323-4)

 

 

このあたりは、カウンセラーに限らずケースワーカーソーシャルワーカーなど、人と関わる仕事をしている人にとっては、身につまされるものがあるかもしれない。われわれは気づかないうちに、専門性を振りかざして「助けてやる」と言わんばかりの上から目線で相手と接してはいないだろうか。相手に弱みを見せまいと、権威というヨロイで自分をガチガチに固めてはいないだろうか?