【2320冊目】吉田修一『国宝』

 

国宝 (上) 青春篇

国宝 (上) 青春篇

 

 

 

国宝 (下) 花道篇

国宝 (下) 花道篇

 

 

この人の作品は、ずっと前に読んだ『ランドマーク』があまりしっくりこなかったので、なんとなく読まないままになっていた。今回、この『国宝』を手に取ったのは、歌舞伎の世界が舞台というのが気になったから。

読んで驚いた。これほどの華やかさ、これほどの愛憎、これほどの光と影を描ける作家だったとは。特に喜久雄が三代目半次郎を襲名し、俊介が出奔するあたりから、喜久雄が不遇を強いられる辛い日々を描く前半の密度はものすごい。

それに比べると後半の「花道篇」は、いろいろショッキングな事件は起こるものの、大筋では喜久雄の安定感が抜群で安心して読める。歌舞伎の演目の解説や芸の華やかさの描写が適度に挟まれているが、だれた感じもなくはない。「青春篇」で波乱万丈に慣れてしまい、その後のアップダウンがそれほど刺激的には感じられなかった、ということか。

 

とはいえ、やはり歌舞伎界の華やかさを描きつつ、そこに渦巻く人間模様の泥臭さ、陰湿さを同時に描写し、さらにその両方を歌舞伎の演目の中に二重写しにしていく手際はなかなかだ。ちなみに本書ではヤクザの世界に身を置く辻村が重要な役割で登場するが、それぞれ一人の人間同士の結びつきとして辻村と喜久雄の関係を描いているのには好感が持てた。

 

もうひとつ、本筋から少し逸れるが妙に印象的だったのは、立女形の最高峰であり歌舞伎界の重鎮であった万菊が、一人行方をくらまし、ドヤ街の安宿で最期を迎えるくだり。なぜ万菊は、歌舞伎界の栄華を極めたにもかかわらず、あえてそんな最期を選んだのか。私には、そのことが本書全体を解くカギであるように感じた。