自治体職員の読書ノート・福祉版

福祉のこと、本のこと、などなど

【2303冊目】山崎広子『声のサイエンス』

 

声のサイエンス―あの人の声は、なぜ心を揺さぶるのか (NHK出版新書 548)
 

 

自分の声にはコンプレックスがある。鼻声みたいにくぐもっていて、聞き取りづらく、それでいてやや高めの落ち着かないトーン。話している時はさほど気にならないが、録音で聞くと本当に嫌になる。低くてもどっしり安定した声の人、良く通る朗々とした声の人がいると、いいなあ、と思う。

こんなの自分だけかと思っていたら、なんと8割の人が「自分の声が嫌い」と感じているというから、驚き半分、安心半分。でもその後に「声とはひとりひとりの履歴書のようなもの」とあって、またがっくり。声は体格や骨格、生育環境や性格まで、その人のすべてを映し出すのだという。だから、著者は声を聞いただけでその人のプロフィールがある程度分かってしまうというのだ。

例えば一般的傾向として、背が高いと声が低く、背が低いと声が高い。落ち込んでいれば声も暗いし、ピリピリした気分も声に出る。病気や体調も声に出る。心臓に疾患があると「サ行」「カ行」が不明瞭になり、睡眠不足や過労があると出だしがかすれる。急に声に芯がなくなりくぐもるようだが、脳梗塞の予兆の可能性もあるという。

なぜこれほど声が自分自身を反映してしまうかと言えば、それは「身体は、声専用の器官ではないから」。例えば、声帯は気管や肺に異物が入るのを防ぐフィルターのようなものだし、声帯を震わせる呼気も呼吸のためのものだ。発音をつくる歯や舌や唇は消化器官の一部である。人間はこのような、もともと別の働きをするためにある器官を「借りて」声を出しているのだから、そこにはもともとの働きに関する動向が映り込んでしまうのだ。

とはいえこれは、自分の声は変えられない、ということではない。ただし、○○さんの声がキレイだから同じように……と思っても、これはあまりうまくいかないようである。著者はむしろ、自分だけが持っている「本物の声」を使うことが大事だという。(私も含め)「自分の声が嫌い」という人は、そもそも自分本来の声を引き出せていないというのである。

「本物の声」とか言われるとなんだかうさんくさいが、著者はこれを「心身の恒常性に適った声」と説明する。恒常性とは「人間の心身を正常で健康な状態に安定させる仕組み」(p.171)のこと。これは2つのことを意味している。第一に、心身が健康で安定していれば、誰もが「本物の声」を出せるということ。第二に、「本物の声」を出すことによって、かえって心身の健康が維持できる、ということだ。

そのために必要なメソッドは、とても簡単。まず、自分の声を録音する。次にそれを聴き、嫌いな自分の声の中に時折混じる「あれ、この声は嫌じゃないな」と思える声を探してみる。見つかったら、同じ部分を何度も聴く。そして、その声を思い出しながら改めて録音し、聞きなおしてみる。肝心なのは、あまり期間を空けないこと。最初に話した時の感覚が残っているうちにやってみること。これは、聴覚によるフィードバックの仕組みを利用した方法だという。

「本物の声」「本当のあなた自身の声」とか言われると、なんだかうさんくさく感じてしまうが、このメソッド自体は認知心理学がベースになっているように思われ、非常に合理的かつシンプルだ。自分の声を録音するのはイヤだが(聞きなおすのはもっとイヤ)、一生モノの「自分の声」が手に入ると思えば我慢できそうだ。