自治体職員の読書ノート

自治体職員です。仕事の関係上、福祉系が多めです。読書は全方位がモットー。

【本以外】新・北斎展に行ってきました

六本木で開催中の「新・北斎展」へ。

 

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北斎と言えば『富嶽三十六景』か、最近話題になった『北斎漫画』の印象が強いが、この展覧会は、それ以外も含めた北斎の全体像を総覧できる。私財を投じて北斎作品を集めまくった北斎研究の第一人者、永田生慈が企画したものの、実現を待たず亡くなってしまったといういわくつき。出品作品の多くを占める「永田コレクション」は、この展覧会を最後に島根県に寄贈され、東京で見られるのはこの展覧会が最後になるとのこと。そんなことを言われたら、観に行かないワケにはいかない。

 

全体構成は若い頃から晩年までをほぼ時系列に並べるというスタンダードなもの。とはいっても、なにせ画業通算70年の北斎である。その質量たるやハンパではない。しかも、この人が凄いのは、若い頃は比較的おとなしく精緻な作品が多かったのが、晩年になるにしたがってどんどん大胆に、ダイナミックになっていくところ。普通は老人になると絵も枯れていくのではないかと思っていたが、この人には通用しなさそうだ。

 

ところどころに版画の制作過程が丁寧に解説されていたり(版木が展示されていたのもすばらしい)、弟子に向けて書かれた練習帳のようなデッサン集まで展示されていて、たいへん充実した展覧会だった。故永田氏と、その遺志を継いだスタッフの方々の、高い志が結実したものだろう。この水準の北斎展がふたたび開催されることは、おそらく今後ないのではなかろうか。

 

では、膨大な展示作品の中から独断と偏見で選んだ「私的ベスト10」を最後に掲げておく。ちなみに番号は順位ではなく、図録の掲載順なので念のため(図録も超充実しているので、行ったら必ず買うこと!)。

 

1 「浮世東叡山中堂之図」(図録No.27)

 初期の精緻な作品からはコチラを。隅田川の花火大会を描いた「江都両国橋夕涼花火之図」(No.25)も、人がいっぱいいて『ウォーリーを探せ!』状態で楽しいが、「浮世東叡山中堂之図」は構図が面白い。手前にまたがる橋の下が吸い込まれるような遠近法で描かれており、お堂の奥まで視線がずずっと届くようになっている。日本の絵には遠近法がないなんて、誰が言ったんだっけ?

 

2 「両国夕涼」(No.70)

 ベスト10として取り上げるには地味な作品だろうが、北斎作品の魅力のひとつである子どもの姿が生き生きと描かれているのと、背景を影絵のようにシルエットだけで描くという手法が面白い。子どもの姿で言えば「風流五節句子供遊」(No.38)や、ずっと後期の「牧童図」(No.413)もお薦めだ。

 

3 「見立三番叟」(No.211)

 3人の女性を描いた作品はいくつかあるが、この作品は、流れるような着物の描写に魅了された。衣擦れの音から布の触り心地まで感じられそうだ。なかでも真ん中の女性「翁」のスタイリッシュな造形は圧巻。

 

4 「蛸図」(No.226

 大好きな一幅。かわいらしく、それでいて質感がしっかり伝わる精妙な画法である。北斎には、漫画も含めて蛸がよく出てくるが、みんな実にチャーミングなのだ。「謎かけ戯画集 おあしが八本」(No.195-3)も面白い。

 

5 「総房海陸勝景奇覧」(No.242)

 思わず見入ってしまった緻密な作品。要は地図なのだが、びっちり書かれた山や家の密度がすごい。まあ、絵としてどうこうという作品ではないのだが、たぶん自分がこういう「地図」を見るのが好きなのでしょう。

 

6 「富嶽三十六景 深川万年橋下」(No.303)

 富嶽三十六景は全部取り上げたいくらいの傑作揃いなのだが、ここでは橋の下に富士を入れたユニークな一枚を。富士が小さい分、橋の上に広がる空が広い。もう一点取り上げるとしたら、逆に富士そのものを真正面から描いた「凱風快晴」(No.299)だろうか。

 

7 「文昌星図」(No.446)

 北斗七星のひとつを擬人化したダイナミックな作品。老境になって描かれたとは思えない、パワフルで充実した作品だ。言うことなし。

 

8 「向向日葵図」(No.455)

 これも晩年の、向日葵一本だけを描いた作品。植物や動物を描いた作品は数多く、どれも素晴らしいのだが、この作品はそれらに比べても頭一つ抜けている。図録で見るとまた印象が違うのだが、実物はなんというか、只事じゃない雰囲気があるのである。向日葵の存在感に圧倒される、というか。異様な傑作だ。

 

9 「弘法大師修法図」(No.462)

 研究の結果をもとに、永田氏が西新井大師の物置から発見したという今回の目玉作品。ここまで比較的中程度~小さめの作品が多かったので、なんといってもその大きさにびっくりする。悪鬼のダイナミックな迫力に、なんだか青森のねぶたを連想してしまった。これまた晩年の作というのが信じられない。

 

10 「津和野藩伝来擦物」(No.157)

 展示順では前半の方に入るが、図録では後ろの方にまとめられている。一連の作品だが、これはとにかく色の鮮やかさがいい。保存状態が良かったため、当時の色遣いがそのまま感じられる。日本の古い絵のウィークポイントは、色がだんだん色あせてきて、どうしても古臭く見えてしまうこと。この作品ではそれがなく、発表当時の作品は(これに限らず)こんなにヴィヴィッドだったんだ、とわかる。それがなんとも新鮮でたのしく、ここに入れさせていただいた。

 

ちなみに図録には、展示されていない絵も山ほどあった(ベスト10には入れていない)。展示替えでかなり入れ替わるのだろうか。だったら、そのためにもう一度足を運ぶのもよさそうだ。いままで、そんなことをした例はないのだが。