自治体職員の読書ノート

読むために書くのか、書くために読むのか。

【2299冊目】アイザック・アシモフ『われはロボット』

 

 

有名な「ロボット三原則」を提示したことで知られる短篇集。だが本書の面白さは、この「三原則」を維持した上で(例外もあるが)、ロボットに関していかなる問題が生じうるかを、徹底的に思考実験したことにある。

例えば「われ思う、ゆえに・・・」という短編では、ロボットのキューティが「自分は主によって創られた」と確信する。なぜなら「いかなる生物も、それ自体より優れた生物を創造することはできない」から。そして、キューティは人間を見下し、その命令に従わず、「主に仕える」ことに喜びを見いだすようになるのである。

意味深なのは「証拠」という短編だ。選挙に立候補したバイアリイは、自身がロボットではないかという疑いをかけられる。そして、疑いを晴らす方法としてバイアリイが選んだのは、他の人間をぶん殴ることなのだ。なぜなら、ロボット三原則の「第一原則」は、ロボットが人間に危害を加えることを禁止しているからだ。

なぜこれが意味深かというと、人間とロボットを見分ける方法が「人間は他の人間に危害を加えられるが、ロボットは加えられない」点にしかないからなのだ。だがそうであるならば、ロボットが為政者になったとして、何か問題があるだろうか? 他の要素がまったく同じなのであれば、他者に危害を加えないロボットが政治をやったほうが、良い結果をもたらすのではないだろうか。このあたりの議論は、完全に、現代の人工知能の議論を先取りしている。

先取りと言えば、印象深いのは冒頭の短編「ロビイ」である。これはアシモフのロボットものの第一作なのだが、子守りロボットのロビイと少女グローリアの物語なのである。友達も作らずロビイにべったりのグローリア、そのグローリアを身を挺して守ろうとするロビイ。「人間の友達」としてのロボットというテーマを、ロボットものの初っ端に出し、小品ながら胸を打つ物語に仕上げてしまうアシモフのセンスは、やはりたいしたものだと思う。