自治体職員の読書ノート

読むために書くのか、書くために読むのか。

【2295冊目】今井むつみ『ことばの発達の謎を解く』

 

ことばの発達の謎を解く (ちくまプリマー新書)

ことばの発達の謎を解く (ちくまプリマー新書)

 

 

大人になってから外国語をマスターするのは大変なのに、どうして子どもは言葉を使いこなせるようになるのだろう。本書は、その秘密を認知科学の観点から解き明かす一冊だ。

面白いのは、架空の単語を使った実験だ。例えばあるぬいぐるみを「チモ」と名付けると、幼児は形の似たぬいぐるみであっても「チモ」と認識する。だが、例えば「チモいのはどっち?」と聞くと、形は違っても、例えば色が同じぬいぐるみを選ぶ場合がある(ちなみにこの例えは本書そのものからの引用ではありません。念のため)。「○○い」という言葉は、「赤い」「大きい」のような形容詞として認識されるからだ。また、ペンギンを知らない幼児にペンギンのぬいぐるみを「チモ」と呼ぶと、その子はペンギン全般を「チモ」と呼ぶが、ペンギンを知っている場合、「チモ」はそのぬいぐるみだけの固有名詞として認識するのだという。

オノマトペについてのくだりも印象的だった。オノマトペとは「ガラガラ」「ポーン」のような言葉のことであるが、子どもや子どもに接する人は、こうしたオノマトペをうまく織り込むことで、単語の習得に先行して言葉の組み立てを覚えているのだ。「うがいをしなさい」ではなく「ガラガラペッしなさい」のほうが伝わるし、それを「グジュグジュペッじゃなく、ガラガラペッよ」と言えば、うがいのやり方まで伝えられるのである。しかも、日本語をまったく知らない外国人にも、このオノマトペは伝わるという(おそらくは逆も然り、なのだろう)。

数詞に関する指摘も興味深い。これは大人の場合だが、例えばアマゾン奥地のピラハという部族は、「1」「2」に相当する言葉はある(ただし、「1」の言葉は「少ない数」という意味にも使われる)が、それ以上は「多い」という意味の言葉になってしまう。この人たちに「肩を叩かれたら、叩かれた数だけの木の棒を並べてもらう」という実験をしたところ、4回より多い数を正確に区別することができなかったというのである。

このことは、数の言葉に限ったことではないだろう。よく言われるのは色の区別だ。例えばタスマニア人の言語は「黒」を何種類にも分けて、違った名前で呼ぶという。日本人なら同じ「黒」にしか見えなくても、彼らにはそれぞれ違う色に見えていることだろう。これらはつまり「言葉が概念を生む」ということであり、言葉の習得が私たちの思考や理解を規定するということなのだ。その線引きを作っているのが「カテゴリー」である。

これらは単語の問題だが、さらに文の構成になってくると、今度はシステム、構造が大事になってくる。単語が違っても構造が同じなら「同じ」と認識する。それは言い換えれば、関係性をもって物事を捉えるということである。著者は、こうした関係の類似性によるものの見方、考え方が、科学的思考の基礎になるという。

何を「同じ」と捉え、何を「違う」と見るか。そこには「カテゴリー」と「システム」が働いている。いわば、子どもは言葉を覚えることによって、世界の見方を習得しているのだ。ということは、外国語をマスターするとは、自分が子どもの頃から育んできたものとは別の見方を手に入れることである、ということになる。なるほど、一筋縄ではいかないはずである。