自治体職員の読書ノート

読むために書くのか、書くために読むのか。

【2294冊目】マイケル・サンデル『それをお金で買いますか』

 

 

先日に引き続き、マイケル・サンデル。前著は既存の思想の紹介が多かったが、コチラは具体的な事例が多く、そのぶんいっそう考えさせられる。

例えば、お金を払えば遊園地の行列に割り込むことができるとしたら、どうか。別に構わない? なら、お金を払えば病院の予約に割り込むことができるとしたらどうだろう。あなたは納得できるだろうか。

別の例。保育所に子どもを預けている親が、迎えに行く時間より遅れてしまうとする。そんな親があまりに多いので、保育所が、遅れた親に対して罰金を要求することをどう思うか。罰金を設けることで、そうした親は減るだろうか。

実際の調査では、意外な結果が示されている。罰金を設けることで、遅刻する親の割合はむしろ増えたのだ。なぜか? 迎えに遅れることは、親にとっては後ろめたいことだった。保育士に迷惑をかけているからだ。だが、お金を払うことで、遅刻は単なる「対価を払った延長サービス」になってしまったのだ。

さらに別の例。絶滅危惧種であるクロサイの密猟を抑止するため、南アフリカでは、なんと15万ドルを払うことでクロサイを撃ち殺す権利を販売したのだ。収入は民間の牧場主に入り、限られた数のクロサイを繁殖させ、世話をし、保護するインセンティブになる。実際に、この取り組みは功を奏し、クロサイの頭数は増えているという。

保育所の例とクロサイの例は真逆のようで、どこか似通っている。経済学的には理屈が合っているらしいが、どこか釈然としない気持ちが残る。著者によれば、それは道徳的な価値に訴えるべき事柄を、経済的な価値に置き換えているからだ。「お金で買えないものがある」と某CMは謳っている。だが実際には、お金で買えないものなどほとんどない。ただし「お金で買ってはいけないもの」はあるのである。その線引きは、経済学にはできない。それは道徳の問題であり、哲学の領域なのだ。

思えば、そもそもカール・ポランニーは「労働」「土地」「貨幣」を経済の領域から外すべきだと言っていた。しかし事態は、いっそう深刻な方向に進んでいる。われわれが直面しているのは、「人の命」や「政治」に値段をつけるかどうかということなのである。